第十五話「湖と行き倒れ」
翌日、私とマーチは大樹の周辺の探索に繰り出してました。
全員が家を離れて探索に出るわけにもいかなかったので、ジャンケンで決めたんですよ。その結果、私がマーチと一緒に出掛ける事になりました。
前科があるのでランとロイドは心配そうでしたが、ここ数日の様子を見る限り、まぁ大丈夫なのではと。ピリカからも「きっと大丈夫です」とお墨付きを頂きましたし。
もちろん安心できる理由はそれほど多くはありませんが、信じてみたいとも思ったんですよ。なので、こうして探索中です。
さて、そんな私たちは大樹のふもとの家から西に一時間ほど歩いた場所にいます。
しばらくは同じような森だったんですが、しばらく歩くとそこに大きな湖を発見したんです。
周囲は木々に囲まれて、まるで守られているよう。湖の水は底が見えるほどに透き通っていて綺麗。
ひょいと近づいて覗き込むと、その中を悠々と泳ぐ魚の姿も確認出来ました。
「お、やったっスね、お嬢! ああ、すばらしきかなお魚さん! 焼いても焼いても素晴らしい!」
焼いてが二度ほど続きましたけど。
湖をしみじみと眺めている隣で、マーチがはしゃいだ声を上げます。
確かにそうですし私も食料は嬉しいですが、出来ればもう少し情緒を感じていたかった。
「お嬢は何でそんな渋い顔してるんスか?」
おっと、どうやら顔に出ていた模様。
私は両手で頬をぐにぐにとこねて戻すと、軽く首を横に振りました。
「いえ、何でも。しかし良い場所に湖がありましたね。ここも結界の範囲内のようですし、うん。水と食料を一緒に確保できるようになったのは有難いです」
「今までは結界出て汲みに行ってたっスからねぇ……」
「ええ、切実な問題でした」
「ほんとっスよ」
マーチが感慨深く頷きます。
彼の言う通り、水は今日まで、結界を出て歩いた先の川から汲んで来ていたんです。
あそこは結界の外ですから魔獣も出ますし、何よりヴィオの兵士に見つかる危険性もありますので、水を汲みに行くのはいつも緊張しっぱなしでした。
なのでこうして安全圏内で飲み水を確保できたのはとても嬉しいですね。
行って帰って二時間は掛かりますが、それよりも命が大事、安全第一です。
……しかし。
こうして水場を見つける事が出来るのならば、桶とか、何か汲めるものを持って来れば良かったですね。
今は老師が木で作ってくれた簡単な水筒しか持ち合わせがありません。これでは大して汲めませんね、不覚!
「水は後でもう一度汲みにくるとして。とりあえず今は、今日の分の魚を獲って帰りましょうか」
「そっスねって言いたいところなんスけど。どうやって魚を獲るつもりで?」
「案の一つは手掴みですね」
「マジで。お嬢、魚をナメてますよ」
「いえ、しかしランがそのように獲っていたんですよ」
「え、あの人、そんな特技があるんスか?」
「ええ。まるで熊のような豪快な手さばきでした」
「熊……」
マーチが若干引き気味の顔をしていますが、実際にそんな感じなんですよ。
魚を獲るの、意外と上手なんですよね、ランって。
ランは素手以外に銛での魚獲りも得意なんですが、たぶん魚の動きを見る目が良いのだと思います。そこはロイドも褒めていました。
ちなみに私は釣りなら多少の経験はありますが、何故かあまり掛かってくれないんですよ。魔獣とかはよく釣れるのに。
「案その二はマーチに銛のようなものを作って頂けたらと」
「銛っスか~。う~ん……でもお嬢は魔獣ホイホイだし……」
魔獣ホイホイって。
「……どうせ作るなら、俺がやるっスよ。お嬢はその辺りで薬草とかベリーとか探しててくださいっス」
遠まわしに戦力外通告をされた気がしないでもないですが、それならばお言葉に甘えましょう。
「分かりました。よろしくお願いしますね、マーチ」
「はいよー」
マーチはひらひらと手を振ると、近くの木の枝を見上げます。
これが良いかな、なんて呟いているので、加工しやすい枝を探しているのでしょう。
最初は色々ありましたが、意外とマーチは真面目です。空き家を修理した時も、黙々と作業してくれていましたし。
……さて! 私も頑張らねば。
ベタ草とか、グリーンベリーとか、この辺りにも生えていませんかね。
ルプアの実なんて見つけたらロイド達大喜びですよ、きっと。
ピリカにも「ありがとうお嬢!」なんて言われちゃったりして。
まぁルプアの実はないかもしれませんが、何かこう、皆が喜んでくれるような良い発見をしたいですね。
そんな風に思いながら、私は近くの茂みをガサゴソと搔き分け、食料を探します。
「………………す…………た……」
そうこうしていると、ふと、何か音が聞こえた気がしました。
いえ、音というよりは声?
聞き間違えかもしれませんが、茂みを搔き分ける音以外の何かが聞こえた気がしました。
なので。
私は手を止めて、音に耳を傾けます。
「…………か……すいた……」
……やはり聞こえる。
掠れて弱弱しい声ですが、トーンは女性のもののようです。
ヴィオの森で、人の声。いくら結界が張ってあるにせよ、ここはサジェスの民である私たちにとっては敵国。外から入る事は出来なくても、元々内にいたならばその限りではない。
私は緊張しながら、声を頼りにそっと、茂みの奥へ顔を覗かせます。
そこには。
――――なんと鎧を来た金髪の女性が倒れていました。
鎧に描かれた紋章を見るからに、彼女はヴィオ王国の兵士でしょうか。
コレハヤバイノデハ。
幸いな事に、彼女は倒れたまま動く様子はありません。このままそっと後ろに下がり、一度マーチに相談した方が良いでしょう。
そう判断して私がゆっくり、ゆっくり後ずさり始めると、
ぐう、
と、何やら腹の虫が鳴く音が聞こえてきました。
ちなみに私ではありません。音の発生源は目の前に倒れている彼女です。
彼女は小さく呻いたあと、
「おなか、すいた……」
と、今度は聞こえる声でそう言いました。
……どうやら空腹で倒れてしまったらしいですね。
どうしたものでしょう、この人……。




