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第十四話「お酒が欲しい」

「わしは常々思っていた……酒が欲しいと!」


 大樹のふもとに建ててもらった家に住み始めてから早数日。

 結界のおかげで敵襲の心配もなく、ややまったりし始めていた今日この頃、ロイドがそんな事を言い出しました。

 そう言えばロイドは結構な酒豪でしたね、確かうちの領地で一番だったかと。

 お祭りの日等、無礼講の日になれば、山のように積まれたお酒の瓶どころか樽が、あっという間に空になって行く様は圧巻でした。

 いやはや懐かしい、そんな事を思い出していますと、ロイドの話にランとマーチが加わります。


「同感です、老師! ランちゃんも常々何か足りないと思っていた所です!」

「あっ! オレもオレも! すーげぇ欲しい!」

「お前達、話が分かるのう!」


 ロイドとラン、マーチの成人ズの三人は、やれあそこの酒が美味いだの、やれつまりがどうだの、わいわいと酒の話に花を咲かせています。

 何だかちょっぴり疎外感。私はまだお酒を飲める年齢ではないんですよね。

 でも、いいのです。お酒を飲めたくなって、私には甘くて美味しいジュースという味方がいます。


「お嬢、お嬢。お酒って、美味しいんです?」

「ロイド達があれだけ飲みたいって言っているから、きっと美味しいんですよ。でも、お酒は飲んでも飲まれるなというのが暗黙の了解です」

「お酒は……生き物……」


 あながち間違っていない気もします。


「まぁでも、私はジュースの方が好きですよ。甘くて美味しいですよね」

「ピリカもジュース好きです」


 私がそう言うと、ピリカは目を輝かせて同意してくれました。うちのピリカはとてもかわいい。

 するとオパールも触発されたのか、パタパタと羽ばたきながら、


「キュイ(むし!)」


 と鳴きました。いささか不穏な言葉が脳内に響いていますが、前半は聞かなかった事にしましょう。

 まぁそんな感じで、ピリカとオパールの嬉しそうな様子に微笑ましい気持ちになっていると、ふとマーチがこちらを見ている事に気が付きました。

 何だろうかと思っていると、


「前から思ってたんスけど、お嬢って結構子供っスよね」


 などと言われました。

 確かにお酒が飲める年齢ではない者を子供と称するのは、この世界の一般論です。

 ですが改めてマーチにそう言われると、何とも言えないもやもや感。これが思春期と言う奴なのでしょうか。


 まぁ、それはともかくとして、お酒が欲しいというロイドの気持ちは分かります。

 ここしばらく生きる事に精一杯で、嗜好品の類については考えないようにしていましたからね。

 なんというか、一度欲しいなと思ってしまえば、喉から手が出るくらい渇望するようになりかねないので。

 しかし、あの精霊ライカさんのおかげで、こうして安心できる住居を頂いたわけですから、そろそろ自分達の欲しい物を掴み取りに行っても良いのではないかと思うのです。


「お酒の作り方は分かりませんが、材料くらいは集めに行っても良さそうですよね。果物とか」

「果物! そう言えば、久しく食べていませんね! ランちゃん、ルプアの実が食べたいです!」


 ルプアの実というのは赤色をした甘酸っぱい果実の事です。そのまま食べても良し、加工してジュースやジャムにしても良し。そう言えば、砂糖で煮たルプアをパイにしたお菓子が美味しかったな。思い出したらよだれが出そうになりました、いかんいかん。


「ルプアの実なら果実酒が出来るのう。酸味と甘さの程良いバランスが見事で、あれは良い」

「あー、果実酒も良いッスよねぇー。ジュースみたいに甘くてうまい」

「キュイ!(むし!)」


 オパールはどうしてジュースと聞くと虫と反応するのでしょうか。もしや竜の間では『ジュース』という単語は『むし』を意味する言葉なのか。

 しかし残念な事に真実を確かめる術は今はなく、オパールの声が私以外に聞こえていないがために、ある種のダメージを受けるのは私だけ。

 良かったような、そうでもないような、とりあえずジュースと虫から大変困惑するものを連想してしまったこの何とも言えない気持ちを誰かと分かち合いたいと切に願いました。


「それはともかくとして」

「お嬢の反応はドライですね! クール!」

「お酒の話題に入れなかったのそんなに悔しかったんスか?」


 心の中での思考からの続きを言葉で発してしまったがために、ラン達に少々怪訝そうな目を向けられています。

 クールな女、というのはなかなかに魅力的な響きですが、それはともかくとしてマーチめ、後々覚えておいて頂きたい。


「羨ましくなんて全くありませんよ、全く! そうではなく、ルプアの実の事です」

「おや、もしかしてお嬢、ルプアの実をどこかで見かけたんですか!?」

「いえ全然」


 私が首を横に振ると、三人は見るからにガッカリとした顔をします。

 そんなに残念そうな顔をしなくても……。

 何だか悪い事を言ってしまったような申し訳なさがじわりと胸に広がります。

 ……いや、でも、よくよく考えると悪い事なんて何も言っていないんですけど。

 とりあえずコホンと一つ咳払いをして、話を続けましょう。


「えー、私が言いたかったのは、そろそろ探索範囲を広げても良いのでは、という事で……」

「探索範囲ですか?」

「ええ。ほら、結界のおかげで大樹の周囲は安全でしょう? 食料の事はもちろんですけど、結界がどの程度の範囲まで効果があるかも調べておきたいですし」


 私がそう言うと、ロイドは「なるほど」と頷いてくれました。


「ああ、それは確かにそうですのう。ここ数日様子を見ておりましたが、魔獣共も結界の中に入って来れぬようですし、それぞれ行動しても問題はないでしょう」

「いや、でも旦那。問題あるっスよ、それ」

「何がじゃ?」

「いや、だって……旦那と俺以外、武器持ってねぇっス」

「「「あ」」」


 マーチの指摘に、私とラン、ロイドの声がハモります。

 ……そう言えば武器がない事を失念していました。

 遠くに捨てられた私の武器は、今どこで何をしている事でしょう。恋しい。

 まぁ、さすがに捨てられたまま、という事は無いでしょうね。ヴィオの兵士に拾われたか、もしくはそれこそ『回収』されたか。

 どちらにせよ、武器が無事に戻ってくる可能性は低いでしょう。ヴィオの兵士がうろうろしている中、危険を冒してまで探しにいくわけにはいきませんし。


「そうなると、老師とマーチのどちらかと組んでという事になりますかね」

「何と! それではお嬢とランちゃんの二人っきりデート計画は!」

「ありませんねぇ」

「すげない!」


 ランは大げさに項垂れたあと、直ぐに元に戻ります。

 この元気さは私も見習いたい。

 そんな風に思いながらランを眺めていると、私の隣のピリカが、

 

「とりあえず、周囲を探索する、ですか?」


 と言いました。横に逸れかけた話をうまく戻してくれました、ありがたや。

 思わず拝みかけましたが、さすがに引かれてしまいそうなので、そこはぐっと我慢して私は「ええ、そうしましょう!」と頷きました。 


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