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第十三話「精霊 が 現れた !」


 現れた女性の第一印象は光っている美人さん、という感じでした。

 淡くウェーブの掛かった長い金髪に緑の目。そして背中には半透明な三対の翅が生えています。

 登場の仕方も勿論ですが、その容姿からして普通の人間ではないと言うのは分かりました。

 特に背中の翅――あれは精霊と呼ばれる自然界の代弁者が持つものと良く似ています。似ているとは言ったものの、実際に見た事がないので本に書かれた知識のみの話になってしまうのですが……恐らく、当たりだと思います。


「お嬢、お嬢。美人さんですね!」

「そうですね、私もそう思います。ランの好みにストライクですか?」

「ランちゃんのストライクはお嬢を中心にしていますので、ゾーンにしっかり入っていますね!」


 緊張感を紛らわせようと軽口を叩いたら、ランから想定外の褒め言葉(?)を頂きました。ランは時々こう、微妙に反応に困る言葉をさらっと言って来るので侮れません。げに恐ろしい子です。

 まぁそれはそれとして。

 お姉さんを前にそんな会話をしていた所、


「ふふ。お二人は仲が良いのですね」


 なんて、お姉さんに微笑まれてしまいました。

 

「やりましたよ、お嬢! 仲の良さを褒められました! これは結婚では!」

「しませんねぇ」

「すげない!」


 普段はここでロイドのツッコミが入るところですが、今は私とランの二人きり。ロイドの不在が悔やまれますが、まぁ仕方ないとして。

 とりあえず今は目の前の精霊らしきお姉さんに集中しましょう。

 幸い言葉は通じるようなので、ここはひとつ会話を試みてみましょう。何事もまずは礼節と会話からです。


「ええと、初めまして。私はスノーと言います。こちらはラン、それから飛んでいる子がオパールです。失礼ですが、精霊の方、ですよね。あなたのお名前をお伺いしても?」

「ええ、そうです。私はこの大樹の精霊――名前はライカと申します」


 ライカと名乗ったお姉さんは、ドレスの裾を摘まんで軽く足を曲げ、優雅に挨拶を返して下さいました。

 凛と伸びた背筋が美しい。これはカーテシーという挨拶の一種です。私も城で過ごしている時には、たまにやらされ――いえ、やっていましたが、精霊にもこういう伝統があるのでしょうか。

 しみじみと感動していると、それがライカさんに伝わったらしく、


「……あ、これは、人間の夫から教わったんですよ」


 と、少し恥ずかしそうに言いました。どうやら精霊の間にある挨拶というわけではないらしい。

 しかしそうか、人間の旦那さんから……人間の旦那さん?


「ご結婚なさってらっしゃったんですね!」

「ええ、そうなんです。子供も一人いるんですよ」

「ほほう! それはおめでとうございます!」

「うふふ。ありがとうございます」


 ……私が呆けている間に、ランがしっかり会話を繋げてくれました。

 こういう時、ランの社交能力の高さと順応力を羨ましく感じます。見習わねば。

 そんな決意をしつつ、会話する二人をじっと見つめながら、その輪に入るタイミングを計っていると、


「……実は、お願いがあって現れたのです」


 と、ライカさんが言った。


「お願いですか?」


 何だろうかと思いながら聞き返すと、ライカさんは大樹と、そして石碑へ順に顔を向けます。

 私とランも釣られて見ていると、ライカさんは困ったように目を伏せた。


「お分かりかと思いますが、この大樹の結界は、本来の効果を発揮していないのです」


 ライカさんの話によると、この大樹の結界は百年ほど前に起動されたまま、魔力を補充される事もなく今日まできたらしい。

 そのせいで魔力が尽きかけてしまっており、本来の効果を制限する事で何とか保っているのだそうです。

 ……うん、かねがね予想通りですね。


「失礼とは思いましたが、お二人の会話を聞かせていただきました。スノーさん、あなたは『喚起』の魔法が使えるのですね?」

「はい」


 使える魔法はそれだけですが、と私が言おうとした時、近づいてきたライカさんにぎゅっと手を握られた。

 まるで絹のような手触り!

 ……などと思わず心の中で叫んでしまったのは許して下さい。さすがに少々動揺してしまったんです。


「どうか、この大樹の結界をもう一度、動くようにして頂けないでしょうか」 


 ライカさんは私の手を握ったまま、真っ直ぐに見つめてきます。

 ……これは、どうしたら良いのかな。

 即答するわけにもいかず、私はランの方へ目を向けます。相談できる相手が欲しい。


「いいですよ! と安請け合いして良いか分からないのですよね」

「何でもホイホイ引き受けると老師に怒られちゃいますからね!」


 そうなんですよ。

 困っている相手の力にはなりたいのですが、何も考えずに大事になりそうな事をすると、後々困る事になりかねません。

 実際に子供の頃に何度か、ランと共にロイドの拳骨付きで叱られて経験済みなのです。

 ライカさんが悪い精霊には見えないので、引き受けたい気持ちもあるのですが……やはりロイドに相談してからの方が良いのでは。

 私が小さく唸って考えていると、ライカさんは「そうです!」と、何かを思いついた様子で手を放し、パッと笑顔になりました。


「それなら、こうしましょう。結界を『喚起』して貰う代わりに、私からあなた達に()をプレゼントします」

「家?」

「ええ。住む場所に困ってらっしゃるようでしたから」


 この精霊さんはどこから私達の事を見ていたと言うのでしょうか。

 聊か不安と若干の不信感が増した私の心境をよそに、ライカさんはにこりと笑って両手を広げました。


 すると。


 ライカさんが現れたと時と同じように、大樹のふもとに光が集まり始めます。

 同時にしゅるしゅると、大地や大樹から木の根や枝が集まり、何かを形作り始め――――やがて光が消えた時、そこには大きな家が建っていました。

 木造二階建ての立派な家です。何これすごい。


「ランちゃん達の修繕の努力の悲しみ!」


 ランの嘆きとともに、私の脳裏に嵐で吹っ飛んだ空き家が浮かびました。

 悲しめば良いのか、喜べば良いのか良く分かりませんが、とにもかくにも驚きました。

 ライカさんは少し疲れた様子でしたが、笑顔を絶やす事なく、


「どうでしょう? さらに結界が元に戻れば、安全性も増しますよ」


 と、まるで商人のセールスのように押してきます。

 ……確かに、安全性という意味では、これ以上はないでしょう。

 ライカさんの意図は分かりませんが、安全が喉から手が出るくらい欲しい私達にとっては、魅力的な申し出です。

 何より――――。


「先にここまで対価を出されては、やらないわけにはいかないでしょう」


 ほぼ押し売りされてしまった形ですが、ここまでして貰った以上、返すのが道理。

 それに押し売りとは言いましたが、彼女は私達に必要なものを提供してくれたのです。

 ならば対価に見合う行動を取らねばなりますまい。


 私は頷くと石碑に近づき、そのひんやりとした表面に手を置きました。

 手のひらから、石碑にゆっくり魔力を流し込み『喚起』の魔法を使うための古代語を、その流れに乗せます。

 魔力が熱を持ち、石碑に広がり、大地に溶け出し――ややあって、根から大樹へと巡ります。すると大樹が私の心臓の鼓動と同じリズムで光り始めます。

 そして。


「『喚起(めざめなさい)』」


 私が『喚起』の魔法を紡ぐと、ひと際強い光が大樹から放たれます。

 眩しかったのでしょう、視界の端でランオパールがぎゅっと目を瞑っているのが見えました。

 ライカさんだけは精霊だからか、表情一つ変えずに成り行きを見守っています。


 少しして、大樹の光が収まると、周囲の結界が魔力を得た事で力強い光を取り戻しているのが分かりました。

 ……ごっそり魔力を吸い取られましたが、まぁ、家の対価だと思えばこれくらい。

 なんて格好つけようとしましたが、駄目です。ちょっと吸い取られ過ぎて足に力が入りません。

 石碑に縋りながらずるずると地面に座り込むと、ランが駆け寄って来てくれました。


「お嬢、大丈夫ですか?」

「ええ。少々疲れましたが、まだ平気ですよ」

「そうですか、それならしっかり休まないとですね!」


 ランにはしっかり伝わってしまったようです。付き合いが長いだけに、なかなか誤魔化せませんね。

 とりあえず、へらりと笑っていると、ライカさんが私に向かって頭を下げました。


「ありがとうございます、スノーさん。この結界があれば、起動したあなたに対して害意のある者は入って来ることがでいません。これで安心して見守る事ができます」

「いえいえ。……見守る?」


 何だか不可解な言葉が聞こえてきたと思っていると、目の前のライカさんの姿がすう、と薄くなり始めました。


「ライカさん、透けてますよ!?」

「ああ、時間ですね」


 ライカさんは少しだけ残念そうにそう言うと、私とラン、そらからオパールを交互に見ます。


「本当にありがとうございました。どうか、この家は皆様の良いように、自由に使って下さい」

「え、あの、ライカさ――――」


 まだ聞きたい事が、と言おうとした時にはもうライカさんの姿はありませんでした。

 ……何だか夢でも見ていたみたい。

 ですが目の前に建つ立派な家と、魔力を消費し過ぎて疲れた身体が「これは現実だ」と訴えてきます。

 疑問は残ったままですが、さて、これからどうするか。


「とりあえず老師達を呼びますか!」


 そうそう、まずはそこが第一ですね。

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