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第十二話「大樹は実在したわけですが」


 光が見えた(と思わしき)方角へ向かって歩く事しばし。

 木漏れ日が差し込む森の中はとても長閑です。地面の土の上に広がる落ち葉と木漏れ日のコントラストが美しい。

 王城に連行された時から、森へなんて行く事はありませんでしたから、何だか懐かしい。

 もっともここは故郷ではないんですけどね。呼び起された記憶から湧き上がる気持ち分だけが懐かしい、そんな気分です。


「ところでラン、一度聞いてみたかったのですが」

「ランちゃんに彼女がいるかですか? ご安心を、この世に生を受けてから今まで、ランちゃんはフリーです!」


 ランは「いつでもウェルカムですよ!」なんて言いながらサムズアップしています。

 いえ、そうではなく。

 聞いてみようと思ったのは全く別の事なのですが、思わぬところで知る私と寸分違わぬ悲しい現実。

 ランに対しての仲間意識がぐっと深まりました。


「ランは道に強い方でしたっけ」

「人生という道には迷ってはいませんね!」

「とても深い回答を頂きましたがそうではなく、物理的な意味です」

「まぁ……そこそこ……」


 ランはそっと目を逸らしました。

 どうやら、あまり道には強くないご様子。

 いえね、ほら、今は拠点から少し離れているじゃないですか。いつもはロイドが一緒なので安心しているのですが、今日の食料探しはランとオパールという二人と一匹編成。

 グリーンベリーを収穫していた辺りならば流石に慣れたので大丈夫なのですが、離れて来るとちゃんと戻れるか少し心配で。

 歩き出してしばらくして気付いたので、戻ろうかと少し悩んだんですよ。


「そいうお嬢はどうなのですか?」

「まぁ……そこそこ……」


 私はそっと目を逸らします。

 ……いえね、ほら、初めての場所に行くと帰りがちょっと不安で。

 そんな話をしていると、


「キュイキュイ(大丈夫、匂い、覚えてる)」


 と、オパールが頼もしい事を言ってくれました。

 バッとそちらを振り向くと、まるで後光が差しているかのように、オパールがキラキラと光って見えます。

 神々しい。拝みたい。

 実際に拝みました。


「お嬢、オパールを拝んでどうしたのですか?」

「オパールは迷子達の神です」

「なんと! ありがたやありがたや」


 そう言うとランも並んで手を合わせオパールを拝みます。


「安心したところで、進みましょうか」

「そうですね」


 拝み終えると手を下ろし、私たちは再び歩き出します。

 シャク、シャク、と落ち葉を踏む音が心地良い。

 そうして音を聞きながら歩いていると――――ずっと先に、薄く光る壁のようなものが見えてきました。

 高さは王城の三階ほどでしょうか。

 薄い色合いなので遠くからは分かりませんでしたが、近づいてみれば確かにそこに何かある。

 恐らく私が見たのはこの光なのでしょう。


「これはまた」

 

 壁の直ぐ近くまで来ると、ランがしげしげと壁を見上げて呟きます。

 何だろうこれ、というようなニュアンスですね。

 私も同様の事を思いながら壁を見上げて、恐る恐る手を近づけてみます。


 すい、と手は光の壁をすり抜けました。 


 弾かれる、もしくは触れるかも、と思ったので少し拍子抜けしましたが、どうやらこの壁のようなものは通る事が出来そうです。


「お嬢、ためらいないですね!」

「これがトゲトゲ付き、かつ、おどろおどろしい色だったら一考しました」

「それはランちゃんも一考します」


 ランが力強く頷いて、ひょいと壁の向こうへ軽くジャンプしました。

 私の手と同じようにランの体は何にも遮られる事なく壁の向こうへ到着します。

 しかしこの思い切りの良さ。ランの方がためらいがないのでは。

 などと思って見ていると、壁を越えたランがその先を見て、


「……うわ! お嬢、すごいですよ!」


 と驚愕の表情を浮かべながら、私を手招きしてきます。

 何かあったのでしょうか。

 ランの驚きっぷりに驚きながら、私もオパールと一緒にひょいと壁を通り抜けます。後

 すると。


「……これは、また」

「キュイ(大きい)」


 その先には大きな一本の大樹が生えていました。

 何百年――いえ、千年はゆうに超えているのではないかと言う幹の太さと高さ。

 しかも不思議な事に、木々の葉が僅かに光り輝いているように見えます。

 まるで朝露に濡れた草木が日差しに照らされた時のような静かな煌めき。

 思わず言葉を失いました。


「お嬢、もしかしてこれ、マーチが言っていた大樹って奴ですかね?」

「たぶんそうだと思います。……この光の壁は、これを隠すためにあったのでしょうか」


 ふむ、と顎に手を当てて考えます。

 ただの大樹というわけではなさそうですが、果たしてこれは何なのか。

 考えながら見ていると、ふと大樹の脇に四角く平べったい石のようなものが置かれている事に気が付きました。


「おや、あれは……石碑ですかね?」


 ランが眼鏡を押し上げて言います。


「大樹に石碑と来ましたか。これは本当にただの樹というわけではなさそうな」

「気になる木ですね!」


 上手い事を言ったつもりなのか、ランがドヤ顔でサムズアップしてきます。

 まぁそれはそれとして、とりあえず石碑らしきものに近づいてみる事にしました。

 材質は……あまり詳しくはありませんが、まぁ普通に切り出した石材でしょうか。白に近い灰色のツルツルした石です。もしかしたらそうなるように削ったのかもしれません。

 そんな石碑の表面には何か文字が刻まれていました。


「おや。これは古代語ではないですか」

「なんと、古代語ですか?」

「ええ」


 上半身を傾けて、石碑の文字を覗き込みます。

 古代語とは何かと言うと、まぁ昔の言葉なんですが、言い回しとか諸々が難しいんですよね。

 私は使える魔法が古代語が絡むものなので少し勉強はしましたけれど。

 ええと、なになに? これは……樹……守り……範囲……。

 …………。

 接続語って難しいですよね。

 とりあえず分かる単語だけ繋ぎ合わせた結果、どうやらこれは結界について書かれた石碑のようです。


「どうやらこの大樹は周囲を守る結界らしいですね。この石碑がそれを起動するための(キー)となっているようです」

「それじゃあ、お嬢の魔法でいける奴ですね!」

「ええ、そのようです」


 元気に言うランに私は頷きます。

 私が使える唯一の魔法は『喚起』というもので、簡単に説明すると『古代技術を起動させる魔法』なんです。

 十年くらい前までは有用な魔法だったのですが、使える場所がかなり限定される上に、技術の進歩や魔法を主としない戦い方が増えてきたため、今では使う者はほとんどいません。

 私が『喚起』の魔法を使えるのは、先ほども言った通りそれしか使えないからなんですけどね。

 もっと使い勝手の良い魔法だったらな――などとは、今でも時々思います。


「お嬢、もしかして、そこの光の壁は結界なのでは?」

「あーなるほど、確かに。……その割には阻まれませんでしたね?」

「ランちゃん達が無害なのを良く分かっているという事ですね!」


 確かに無害ではありますね。丸腰ですし。

 まぁ、ですが、それだけではないでしょう。

 見たところ石碑が作られてから大分時間が経っているように思います。

 長い時間が経った事で『喚起』の魔法で込められた魔力が尽きかけているのでしょう。

 『喚起』の魔法をもう一度使えば、本来の結界を張る事は出来るでしょうが、さて。


 結界とは基本的に内側に向けて害意や敵意を抱いている者を阻むという性質があります。

 それに加えてこの結界は外から内側が見えなくなるタイプ。

 身を隠すにはちょうど良いものではありますが、果たして使って良いものか。

 ……これには少し悩みますね。

 私達にとっては有難いものではありますが――ううむ。一度、ロイド達と相談した方が良いでしょう。

 そう考えて、私はランに「一度戻りましょう」と伝えかけました。

 ですが。


「キュイ(何か、くる)」


 口を開いたのと同じタイミングで、オパールがそんな事を言います。

 何が――と思ったその時。

 ふわり、と大樹の前に光が集まり、一人の女性の姿を形作りました。

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