3.ありがたい言葉と奴隷の心得を与えられる
そして私は奴隷小屋の中に立たされている。
盗賊たちは私を即刻売り払い、ほくほく顔(顔面崩壊していてもそういう表情って読み取れるものだ)で去っていった。
息つく間もなく奴隷商人から透明な小瓶に入った泥のような液体を飲まされる。久々に口にする水分ではあったが、なんの動物の死体かというにおいだ。
あまりの苦さとえぐみに悶絶した。気づくと私は彼らが何を話しているのか理解できるようになっていた。
どういう仕組みなのだろう。まさか魔法みたいなばかげた話ではないだろうに。
「――ここ、どこ?」
言っていることがわかる。会話ができる! という希望に口を開いた私は、とたんに鞭をくらう。
例外なくブサイクな奴隷商人は人間ではなく、頭部が豚のようになっている獣人だった。
そしてそいつは、私に「奴隷」としての教えをこんこんと教え込んでいった。
「ご主人さま」には、許可をもらわない限り四つんばいで接する。
奴隷とは従属物であり人ではないので勝手に口を開くなどもってのほか。
衣類は許可を与えられない限り何も纏ってはならない。
餌、排泄も、許可を与えられて済ますことができる。
云々。
それらを、豚男を仮の主人として奴隷の振る舞いを練習させられる。
屈辱だが、逆らって得るのは背中の鞭傷だけだ。
私は耐えた。
耐えて、言葉の意味を理解しようと努力した。
与えられた魔法で話はできるようになったが、「プッタガヤーの釜」と聞き取ることはできても、それが奴隷市が催される地域名だと気づくためには、その土地に生活しなければならない。「渋谷」と聞いて、「若者の町」「流行の先端」などと連想するには、ある程度日本に詳しくないとわからないのと同じかもしれない。
そんなふうに、土地の情報やこの世界の常識などを私は注意深く得ていった。
情報を運んでくれるものはいつの時代も人だ。
奴隷小屋にだって意外と多くの人間が出入りしているものだ。
掃除女、飯炊き女、洗濯女、性技を仕込む女……。
私たち奴隷は「商品」で、彼女たちはそれのいわば「手入れ」をする役回り。
最初こそ口を利いて豚男に咎められるのを恐れ、目もあわせてくれなかったが、美容ケアの情報や健康にいい足ツボなどの話しを振っていくうち、私はそこそこ仲良くなれた。世間話をする程度にはね。
これぞアラサーの世慣れた社交、元の世界では発揮されなかったが(人と話すって疲れるし)、今は芸が身を助ける。必死で情報をかき集めましたよ。ええ。
そしてこの豚男のもとに来てから1ヶ月(くらい。私は映画とは違い、壁に傷をつけて日数を数えていたわけではない)逃げ出す作戦を練り始めた。
私はどんなことがあろうと帰ってみせる。現代日本に帰ってみせる!
帰るべき壮大な理由もあるのだ。
そんなわけで逃げ出す目的地は、物好きなアレクシスという魔女である。
人嫌い、腕は確か、類まれな知恵をもつというこの魔女ならもとの世界に戻るためのなにがしかのヒントをくれる(にちがいない)!
スヌキシュに身を潜めているという噂だ。うん、遠くはない!
……スヌキシュが馬で駆けて3日のところにあるんだけど、そういう土地勘も持ってしまったことは、ちょっと皮肉だよね。




