4.イケメンたち(私にとっての)との出会い
そしてよき日を決め、私は決行したのだ。
真っ暗の夜が一番いいんだけど、夜目の利かない私には逆に不利。なので夜がとても明るい日を私は選んだ。
地球でいう月、というものは見たことがない。存在しないのか周期が大きくてまだお目にかかっていないのかはわからないが、そのかわりに星明りがとても強い。
目にうるさいほどの星明りなのだ。下手したら満月に以上かも。
奴隷の鎖も計画どおりはずした。これは裁縫女から横流ししてもらった針を使って練習済みである。隠しておいた墨色の布を頭にかぶり、迷路のようなこの都市をひたすら右手を壁につけて走る。(女たちからの情報収集の結果、一朝一夕ではこの街の道は覚えられないため、いっそ古典的な迷路抜けのほうがいいと私は判断した)
どの奴隷たちも昼間の「仕事」のせいでぐっすりと眠っている。少なからず情を抱いたけど、私は私で精一杯だ。申し訳ないが私は行くよみんな。
女たちが雑魚寝しているこの部屋には、嵌め殺しの窓がひとつと鍵つきの扉がひとつ。私はちゃんとその扉も針で開けられるかチェックしてある。鍵穴に針を差し込み、やや右上に力を加えながら反時計回りに動かせば、単純な音とともに錠は回った。
大きく息を吐いて、ゆるゆると扉を引きあける。廊下はすぐに中庭に面していて、見張りの小男が奥に座っているのが見える。
大丈夫。私は知っている。彼らは見張りとは名ばかりで、夜半を過ぎれば舟を漕ぐのだ。
私は待った。じっくり、待った。男ははたして眠り込み、私は手の汗をぬぐって、扉をいよいよ引き、外へ出る。
こうなれば後には引けない。私は気を引き締めた。受験日や最終面接なんてこれに比べたら消しカスみたいなものだ。とにかく人生で一番気を引き締めた。足音を殺しながら裏口へまわりこむ。はだしの足裏がかすかな砂利を巻き込む音がいやに耳に響いた。
まさしく抜き足差し足忍び足。そして裏口へたどり着き、扉を開けて――いよいよ外界だ。
静かに、でも大きく息を吸い込む。夜の湿った空気、足裏の夜露に濡れた砂の感覚、肺いっぱいにもう一度大きく息を吸い込む。自由がある!
ここで走り出してはいけないのだ。私ははやる心を抑えて、あたかも「主人のおつかいで歩いてます」というふうにしずしずと歩く。
それから徐々に足を速める。早歩きへ、それから小走りへ。そして全力疾走。
走って走って走りながら、後ろから誰も着ていないか振り返ったとき、曲がり角から出てきた人にぶつかってしまった。
体重の軽いほう――つまり私――は弾かれ、レンガづくりの壁にしたたか腰の横をうった。
「――すまない、大丈夫か?」
「なんで阿止里が謝るんだ。どう考えても、悪いのはこの女だろう」
「だがユーリオット。女性とは大切にせねばならぬものだ」
「だいじょうぶかな、怪我はないかな?」
四つほど声が落ちてきて、誰かが転んだ私に手を伸ばしてくれる。
謝らなければ、と顔を上げて、謝罪の言葉がは喉の奥で行き倒れた。
そこにいたのが魂が抜けるように美しい四人の男たちだったから。
手を差し伸べてくれていたのは、20代なかばくらいだろうか。黒髪に黒い瞳で、奥二重のアジアンビューティー。
その体躯は見事に鍛え抜かれている。古代ローマの映画に出てきそうな、出来上がった身体だ。
思慮深そうな瞳に浮かぶのは、こちらへの心配と――どうしてだろう。似つかわしくない怯えがある気がする。
「おい、阿止里が手を出してやってるのに無視かよ」
声のほうをみると、小麦の髪色をした20代前後の青年がにらんでいた。ヨーロッパの人たちのように彫りが深く、大理石から切り出したような彫像的な美しさだ。
やはり長身でしなやかな筋肉も見て取れるが、一部の隙もない整った顔立ちは、嫌悪と疑惑にゆがんでいる。
そんなに彼を不愉快にさせてしまうようなこと何かしましたかね?
「ユーリオット。その当り散らすくせをやめたほうがいいな」
おなかに響くような低い声。はっとするほど耳心地のいいバリトンの穏やかな声。その声の主は四人の中でもっとも大柄だ。スポーツジムの方ですか?
燃えるような赤髪を短く刈り上げ、そのたくましい首筋をあらわにしている。
荒削りなのに温かみのある顔立ちはやはり整っていて、中東あたりの貴族に見えなくもない。
「あの、だい……じょうぶ?」
控えめに聞いてきたのは、まだ高校生にもなっていないかもしれない絶世の美少年だ。
漆黒の髪は星明りを受けていっそ緑色に光り、ゆるくふわふわの髪がなんともかわいらしい。みどり色のビー玉みたいな瞳が無機質にも芸術品のようにも見える。
しかし彼もまた、どこか私を怖がっているように見える。
「ありがとうございます。けがはないです。すみませんでした」
急いでて、と詫びて手を取ると、四人は雷に打たれたように固まった。
あれ、言葉通じてないのかなと思い阿止里と呼ばれた青年を仰ぎ見る。
阿止里さんは驚愕に目を見開き、唇をかすかに震わせているようだった。
顔色も、心なしか青い。
ただごとではない様子に私もすこし焦りだす。
「具合でも悪いんですか?」
どうしようと思いお仲間のほうを見ると、みんなも顔色が悪い。冷や汗までかいているようだ。
何がなんだかわからない。
この世界で初めてみたイケメン。目の保養。だがしかし私はいま、全力で逃げなければならないのだ。
「本当にごめんなさい。でも私、行かないと」
そう言って立ち上がった瞬間、足音が四方から響く。
あっという間に沸いて出た私兵たちが、十字路の東西南北をふさぐようにして私たちは取り囲まれた。
そして奴隷商人の豚男が肩をいからせて後方から登場する。
「逃亡奴隷はどういう罰をくらうか知らないらしいな」
ええ、知りませんとも。




