3.ありがたい言葉と奴隷の心得を与えられる
そして私は、奴隷小屋の中に、立たされている。
盗賊たちは私を即刻売り払い、ほくほく顔(顔面崩壊していても、そういう表情って読み取れるものだ)で去っていった。
息つく間もなく、奴隷商人から、魔法 (のようなもの)をかけられた。
いや、魔法ではないのかもしれない。
ただ何にしろ気づくと私は、彼らが何を話しているのか、理解できるようになっていた。
「ここ、どこ?」
会話ができる、という希望に、口を開いた私は、とたんに鞭をくらう。
例外なくブサイクな奴隷商人は、人間ではなく、頭部が豚のようになっている獣人だった。
そしてそいつは、私に「奴隷」としての教えをこんこんと教え込んでいった。
「ご主人さま」には、許可をもらわない限り四つんばいで接する。
奴隷とは従属物であり、人ではないのだから、勝手に口を開くなどもってのほか。
衣類は、許可を与えられない限り、何も纏ってはならない。
餌、排泄も、許可を与えられて済ますことができる。
云々。
それらを、豚男を仮の主人として奴隷の振る舞いを練習させられる。
屈辱だが、逆らって得るのは背中の鞭傷だけだ。
私は耐えた。
耐えて、言葉の意味を理解しようと努力した。
与えられた魔法で、話はできるようになったが、「プッタガヤーの釜」と聞き取ることはできても、それが奴隷市のおこなわれる地域名だと
気づくためには、その土地に生活しなければならない。「渋谷」と聞いて、「若者の町」「流行の先端」などと連想するには、
ある程度日本に詳しくないとわからないのと同じかもしれない。
そんなふうに、土地の情報や、この世界の常識などを、私は注意深く得ていった。
情報を運んでくれるものは、いつの時代も人だ。
奴隷小屋にだって、意外と多くの人間が出入りしているものだ。
掃除女、飯炊き女、性技を仕込む女、洗濯女……。
私たち奴隷は「商品」で、彼女たちはそれのいわば「手入れ」をする役回り。
最初こそ口を利いて豚男に咎められるのを恐れ、目もあわせてくれなかったが、美容ケアの情報や、健康にいい食品などの話しを振っていくうち、
私はそこそこ仲良くなれた。世間話をする程度にはね。
これぞアラサーの世慣れた社交!
元の世界では発揮されなかったが(人と話すって疲れるし)、今は芸が身を助ける。必死で情報集めたよ。
そして、この豚男のもとに来てから1ヶ月(くらい。私は壁に傷をつけて日数を数えていたわけではない)、
逃げ出す作戦を練り始めた。
逃げ出す目的地は、物好きなアレクシスという魔女だ!
人嫌い、腕は確か、類まれな知恵をもつというこの魔女なら、もとの世界に戻るためのなにがしかのヒントをくれる(にちがいない)!
スヌキシュに身を潜めているという噂だ。うん、遠くはない!
……スヌキシュが馬で駆けて3日のところにあるんだけど、そういう土地勘も持ってしまったことは、ちょっと皮肉だよね。