6.腹を割って話そう① ~猪肉の干し物を添えて~
餌付けする楽しさを覚えたのか、阿止里さんは今夜はもったいぶることもなく猪肉を分けてくれた。
恥も外聞もなくがっつく私を……いや私ではなくたぬきを(たぬきにそんなものはないのだ)、阿止里さんはしげしげと眺めながら自分も膳から干した野菜をつまんでいる。こりりといういい音。漬物か何かかな。
(それにしても、よく私がいるってわかりましたね)
空腹を満たして満足したのか、たぬきの身体の主導権が返ってきつつあった。私はぺろりと口まわりを舐めながら聞いてみる。人間の保存食なのでだいぶしょっぱく感じられるが、それは贅沢な感想というものだ。
「わかるもなにも、しっぽがはみ出てたからな」
(えっ、そうでした?)
「多々弥手に踏まれたらそれも面白いと思っていたが」
そうはならなかったなと呟く阿止里さん。私は慌てておしりから生えているふさふさの尻尾を両手(前脚)で抱える。相変わらずべたべたのぎとぎとではあるけど、それなりに愛着の湧いてきた尻尾だ。踏まれるよりは踏まれないほうがいいに決まっている。
それにしてもやはりさっきの人は多々弥手だったのか。皇と呼ばれるにふさわしい威厳のようなものは感じられたけど、ぷりぷり怒っていたし、短い間だったので印象はよくわからない。
(そういえば、その多々弥手さんと話してましたが。……なんだか、仲は良くなさそうですね?)
どこまで突っ込んでいいものか、悩みながら話の舵を取る。茶色い穀物のかたまり(おにぎりみたいなやつだ)をかじった阿止里さんは私を一瞥する。
奥二重の切れ長の瞳。湖面に映った月のような冷たく鋭い光。彼は私のあいまいさと中途半端さを一瞬ですくい取って片頬を上げた。
「なんだ、神の眷属がたかだか人間のもめごとに執心なさるのか? 前は話の途中で逃げ出したくせ戻ってきたということは、何かあるな」
私の疑問はひねり消された。そりゃあそうだ。信頼関係がないのなら答えなど期待できない。デリケートな話題ならなおさらだ。
(ええまあ、ありますよ。逃げようと思えば逃げられる牢屋に留まる理由を知りたくて。ただ飯目当てじゃなさそうですし)
「ただ飯目当てだ」
にべもない。
阿止里さんは私に興味なんてかけらもない。私との会話なんて爪の甘皮ケアよりも瑣末なことだ。彼は心の奥にきちんと明確なかたちを持った目的を持っている。だからここに留まっている。
でも私には私の目的がある。
現代日本に戻るため、スヌキシュにもどるため、ククルージャに戻るため。なんとしてもこの由伊津に飛ばされた理由を明らかにしなければならない。
そしてそれにはこの阿止里さんが大きく関わっているという。
彼の興味をひかなければならない。
でもどうやって? この若い彼は巨大なすべらかな壁のようだ。超えなければならない。でも手をかける場所も見当たらない。
(縁子といいます)
椀物を干しながら阿止里さんが横目で私を見た。私はその横顔を見上げている。
(今まで名乗りもせずに失礼でした。私は縁子といいます。狸の肉体に入っていますが、中身は人間です。私は私の意志とは無関係にここにやってきました。この土地のこと、由伊津にまつわることを知りたいんです。阿止里さんのことも)
「俺の名を知っているのか」
あれ、そういえば阿止里さんって一人称「私」だったような。ここでは俺って言ってるのか。
未来の彼より粗野に感じるのは一人称の違いもあるかも。
(もちろんです)
「知ってどうする。またどうして俺が説明しなければならない。集落にいけ。適役がいるだろう」
(あなたの口から聞きたいんです)
押し問答に少しも苛立つそぶりもなく、むしろすこし面白そうに阿止里さんは片眉を上げる。
「おまえに話したいと思うことなどない。それとも俺に話したいと思わせる価値があるかな。おまえは私に何を差し出せる」
(では未来のことを)
上滑りする無為で中身を持たせてくれない問答に煮詰まった私の、反射的な返しだった。口にして私はしまったと思った。いや、何もだめなことではないのかもしれない。
ただ漠然と大きな不安を感じた。何かしくじってしまったときのような言葉にできないもやもやが胸に広がる。
「未来?」
阿止里さんは瞬いた。ここでの彼の瞳に興味の光が差すのを初めてみた。たぬきが話す、と知ったときにすら興味は覚えていないようだった彼の。
私は不安を抱えながらも、開き直って口を引き結ぶ。どきどきしながらも話の運びに間違いがないように、そして興味を引けるように、ロマンチックでドラマチックになるように慎重に文章を組み立てる。
(……そうです。未来の話です。私と阿止里さんは、将来めぐり合う運命なんですよ!)
「へえ、はらぺこたぬきと牢の男の運命の話か」
どうにもロマンが不足する。目指せ脱たぬき。




