とある商人の日常
商人は窓の外を見た。良く晴れている、雲の少ない晴天だ。
陽射しは気持ちよく、風も心地よい。
「はぁ。今日はいい天気だな」
事務所の窓から、目を細めてお天道様を仰ぐ。
こんな日は何か良いことが起きるような、そんな気がする。
「お邪魔するぉー!」
「やっほー」
「ちわーっす」
気がしただけだった。
……知ってた。災厄は、いつだって急に襲い掛かってくるのだ。
ただでさえ残り少ない頭髪がストレスで抜け落ちる。
外出に帽子が欠かせない商人である。
今度は一体何だというのだ、もう牧場の土地を増やそうというのか。
それとも穴を掘ってもなにも出なかったという苦情か。
……さて、こちらの言い訳が通じればいいのだが。いざという時のために財産は分割して隠してあり、息子には自分に何かあったら開けるようにその所在を書いた手紙を渡している。
「……それで、今日は何の御用ですかな?」
「他の町に行く商人の護衛したいんだぉ。でも馬車の中に隠れるのはダメって断られちゃって。だからお前んちの馬車に乗せるぉ!」
「穴掘ったら出てきた化石をゴーレムにしたいんすよね。それで、ゴーレムの魔導書が欲しいんすよ、入荷してくださいっす!」
「なぁ、ウチも色々持ち込んだら買取とかしてくれる? ホーム手に入れたんだけどさぁ」
はい。いつものいつもの。
商人は一旦眉間を手で押さえた。注文を整理整頓。
「魔導書は探しておきましょう、勿論有料ですが。持ち込みの商品が買い取りができるものかどうかは物次第ですね。ですが盗品は勘弁してくださいよ、ウチは真っ当な商売やってるので。えーと、それで護衛ですが……」
商人はいつも通り一つ一つ回答する。そして。
「……あの、怒らないで最後まで聞いて下さいね? 護衛というのはですね、あらかじめ護衛が居ると見せつけることで盗賊を牽制するという役目もありまして……御者や馬が不意打ちの弓矢を受けて死ぬ可能性もありますので……交代で馬車で休む、なら認められるところでしょうが」
「ちっ、そういうとこはしっかりしてるんだぉね……!!」
「なので、盗賊を誘い出すために囮として行商人役や馬車を雇う、とした方が話がスムーズかと」
「おお! 頭いいぉ、さすがだぉね! じゃあいくらで雇われてくれるぉ?」
うん、これ囮やって死ねと言われている?
提案が無かったらまず死んでいただろうが、まだ不満だったというのか。
「……あー、生憎ですが、儂は見た目からしてこの歳なので、行商人役は向かないかと。知り合いの若い行商人を紹介しましょう。儂が出資している見込みのある者でしてな」
「おー、それそれ。そういうのでいいんだぉ!」
良いらしい。よかった、子飼いの行商人に借金の減額を提示して押し付ければいいだろう。
とはいえ、ここでそれだけでは商人としてまったく利益が無い。
「囮としてリアリティを増すためにも、なにかしら商品は運んだほうが良いでしょうな。どこの町に行きたいのか教えていただければ、儂の方で適切な品を手配しますぞ?」
「おお、そりゃ助かるぉ。んじゃ、ワントスとフリレーン以外の町ならどこでもいいぉ、こいつで頼めるかぉ?」
そう言って、黒髪ツインテールの災厄が何やら人の頭くらいある巨大な魔石を置いてきた。
うわ。
「……こ、これは?」
「ネガ・グレートモスって魔物の魔石らしいぉ。この間の依頼に行った時に通りすがりで狩ったやつ」
魔石の大きさからして、通りすがりで狩れるような魔物ではないのは明らかである。
たった3人でこの魔石の主を狩ったのか……やはり災厄達は圧倒的な戦力であることは間違いないだろう。
「ほ、他のお二方も良いので? これは貴重な魔石では?」
「へぇ、初めて聞く魔物だな。そんなの倒してたんだアルト」
「私もネガ・グレートモスって初めて聞いたっす! そんなの教えてくださいっすよ! どんな素材がとれるんすか?」
「あれ、言ってなかったかぉ? まぁ鱗粉まき散らすデカい蛾だったぉ。相性的にザコだったけど、色がバグっててあんまり近くで見たくねぇやつだったぉ……」
ソロで狩ったのか。ハハ……想像の3倍は強いようだ。
だが、今は逆にそれが頼もしい。囮の行商人はともかく、商品だけは無事届くに違いない。ああ、紹介状とスリアドにある店の案内図も書かないと。
「……では、スリアドの町への行商として、行商人にありったけの荷物を運ばせるとしましょう。もちろん、皆さんが馬車に隠れるスペースは確保するとして……いっそ2、3車で行きますかね」
「……それ逆に護衛が全くいないのは不自然じゃないっすか?」
「む、た、たしかに。ケチって無謀な行商人を装うなら、馬車は大き目の幌馬車1つですな……となると、魔石売却代から経費を差っ引いた額は……」
「釣りはペンペン牧場の土地代の足しにしといて欲しいぉ!」
「あ、いいんすか? あざっす!」
「いつも世話になってるからぉ」
……お釣り、金貨5枚くらいになりそうなんだが。
土地、はやく確保しないとな。
ま、まぁしっかりと魔石が売れればの話なので、一旦保留にしておこう。
「……それでは、手配しておきますので」
「ぉー! 今日のところはこれで引き上げるぉ! 明日またここにくればいいぉ?」
「あ、明日の昼頃に行商人を牧場の方に向かわせますので……それで直接どうぞ」
「サービス良いっすね!」
こっちに来られてたまるか……ッ!
と、商人は思ったが、口にはしなかった。いくら災厄だろうと、金払いの良い客に悪態をつくなんて三流未満の商人のすることである。
もはや彼女らは確固たる『取引先』であり、『上客』だ。
胃袋のひとつやふたつが穴だらけになろうとも、頭髪がごっそり抜け落ちようとも、一流の商人なら笑顔を見せる以外に無い。
満足したのだろう、相手も笑顔だ。よかった。今回も命は無事で済みそうだ。
「よーし、明日かぁ。じゃあ今日は色町で遊んでこうぜ! 例の店で!」
「いいっすねぇ! お姉ちゃんたちと遊んでくっす!」
そう言って、嵐は去って行った。
……
「……さて、生贄を選ぶか。明日までに……!」
スケジュールは急だ、急がねば。
商人は頭の中で災厄への貢ぎ物、もとい行商人をリストアップし始めた。




