とある研究員の絶望
「は、話が違うじゃないかっ! 何がスライムは弱い、だ!」
「うるさい、いいから進め」
「くっ……!」
バカな獣でも流石に気付いたようだ。だが、やることは変わらないし、変わらせない。
せいぜい僕らの盾になってもらうだけだ。
「う、うわああああ!!」
「あっ!? こらっ!」
奴隷の一人が突然走り出し、しかしスライムに、赤い触手に捕まった。
ばくん。と、カメレオンの舌のような動きで。部屋に飲み込まれるように消えていった。
盾の残りは、2匹。
「くそ、くそ、俺達をスライムのエサにして進むのか」
「ふん、ようやく分かったのか? ほら、今ならアイツが食われてるから多少は安全だろ、行け」
そして先ほど奴隷の飲み込まれた部屋の前を通過し、地上への階段にたどり着いた。
……扉に穴が開いている。これではスライムを止めるには役に立たない。なのに、僕らはこの扉を開けなければ進めない。
自分達を守るはずだった扉は、今はただの障害物となっている。
「開けろ」
「……」
2人の奴隷が命令に従って扉に手をかけ、力を籠める。幸い開閉機構には問題が無いようですんなりと開いた……
が。
「ッ! これは、ひどい……!」
そこはスライム地獄と化していた。赤いスライムがごろごろと転がり、何かを溶かして食べている。
肉、肉片か? 何の肉かは考えたくないな……
こんなことなら、最初から地下に逃げずに出口に向かっていれば……!
「ほら、いけ! いけってば!」
「やだ、やだ、やだぁ!」
しゃがみ込んで動かなくなる奴隷の一人。さすがにこのような光景を見て、足が進む勇者は中々いない。
「殺すか。別にスライムのエサに使うなら生きてても死んでても関係ないだろ?」
「ひっ!」
「ま、まて、まってくれ。俺が、説得するから……」
「ほう?」
猫獣人の雄がそう言ってもう一人を庇う。
まぁ死ぬことには変わりないんだが……どう説得する気だろう?
「……ごめん!」
「……え!? や! ぞ、ゾルドなんでっ! いやああああ!!」
すると突然、猫獣人はもう一人残っていた奴隷を投げ飛ばした。スライムに向かって。
凄い膂力だ、野蛮な獣人らしい。ぽーん、ととんだ先、奴隷は悲鳴を上げる。その悲鳴がスライムを呼んで、スライムにたかられてあっという間に見えなくなった。
「……いまのうち、だろ?」
「ハッ、浅ましい奴だね。ま、そんなことしても次はお前だけどな」
「……」
うつむく猫獣人。ともかく、1階の廊下を進んでいく。
出口は、もうすぐそこ。
「……え?」
「うわっ……!!」
だがその途中の廊下には、大きな落とし穴があったんだ。
スライムに浸食されていたのか、脆くなっていたのだ。
足場が崩れる。それに巻き込まれたのは、奴隷と、そして処理班の班長だった。
「ぎゃあああああああ!!」
「ぐぐぁあああああああ!!!」
……渡る余白などない、大きな穴が開いた。
覗き込めばそこには、先ほど通ってきた地下の廊下が見えた。
そして赤いスライムの触手が処理班の班長に絡みついている。班長は防護服を着ていない。顔面の半分を覆われ、溶かされているようで、苦痛の叫び声をあげている。D装備も撃つ暇なく拘束されていた。
奴隷は班長の下敷きになっているようだ。こちらも悲鳴を上げている。
「ああ、ど、どうしよう。どうしたらいい? な、なあ!」
「た、隊長が、やら、やられっ、ひ、ひぃ、ひぃいいいーーー!!!」
悲鳴を上げて逃げ出す最後の処理班。
「あ! おい! 処理班が逃げるんじゃねぇ!! せめて装備置いて――」
「ぃいい――がぺっ」
ばくん。と、まるで巨大な口が閉じるかのようだった。
横から飛び出した巨大な、巨大な赤いスライム。部屋の扉と同じサイズのそれに、防護服を着た処理班の最後の一人が、押しつぶされた。
体当たり。単純に言ってしまえば、それだけの話。だけど、あの質量は脅威でしかない。
防護服を着ていようが、あの体当たりを食らって意識を失ってしまえば、あとはスライムに解体されるだけ……?
その巨大なスライムが、今、こちらに向かってゆっくりと距離を詰めてきていた。
後ろは落とし穴。
前は巨大スライム。
挟まれて、身動きが取れない……もう、終わり、終わり? そ、んな、そんなばかな!?
ぼ、僕が、僕が死ぬなんてありえないだろ!?
「あ、あ、あれ? あいつ、止まった……?」
「え?」
しかしスライムが、歩みを止める。まるで何かを恐れているかのように。
いや。そうだ。そうだった! こちらにはこの赤い棒があったんだ!
「いいぞ、そのまま時間を稼いで……」
「あはっ! あはは! そうだ、そうだよ、俺が死ぬなんてありえないんだ! だってほら、俺は何をしたって死なない! 死んだことないのがその証拠だッ!」
そう言って同僚は赤い棒を振り回す。
そうだ、そうだ! 僕らが死ぬなんてありえないんだ! この赤い棒がその証拠、神様が生きろって言ってるんだ!
「……精霊様ー。もういい? あと2匹だし」
不意に、場違いに可愛らしい声が聞こえた。子供の、女の子の声だった。
肉盾が生きていたのか? と見回すが、それらしい影はない。
「あー。まぁいいか。いいよ」
「わーい!」
同じ声でそんな適当な返事が聞こえたと思ったら、スライムは、スライムから、ぷるんと、歩いて出てきた。
人型のスライム……!? 一見すると、子供、女に見える。食った獣人の女を真似ている、のか?
今まで出てきた赤いスライムとは違う、透き通った身体。後ろの真っ赤なスライムの壁が、禍々しく透過して見えている。
「ばぁ! 驚いた? いっぱい食べたから、こんな風にもできるようになったの!」
「え、あ、よ、寄るな! 寄るんじゃない!」
同僚が赤い棒を振り回す。だが、そのスライム女は、臆することなく近寄ってきた。
え? あれ? 赤い棒、赤い棒があるのに?
「や、やあああ!!」
同僚が赤い棒をスライム女に叩きつける。が。スライム女は、笑顔のままそれを手で受け止めた。
「えっ」
「あ、え? あれ? な、なんで? スライムの弱点、じゃ」
「それ、あたしの擬態なの!……思ってたより活躍しなかったなぁ。折角死んだフリ頑張ったのに。ぐぎゃーって」
直後に同僚がびくんと跳ねて倒れた。
擬態? え?
「お、おい? な、なんで? ど、毒?」
「んーん。手のトコから、伸ばして、頭ブッ刺しただけぇ。えへへ、楽しんでもらえたぁ? もっとこの棒で遊んで欲しかったなー?」
「ひぃ!」
腰が抜ける。後ずさろうとしたところで、指を置いた先には穴しかないことに気付いた。
「あ、あ、は、話せるのか?」
「ん? お話? できるよ? あたし賢いから!」
「ハハ、そ、そうだな……」
話ができる、なら、取引、取引できるんじゃないか?
「そ、そのっ! ぼ、僕が、もっとたくさん餌をくれてやるから、み、み、見逃してくれないかっ!?」
「餌? んー。どうしよっかなぁ」
「そうだ、買ってくるから! 獣人とか、奴隷、いっぱい買ってくるよ!」
「いっぱい買ってくれるのー? あたしが満足できるくらい、おなかいっぱいになれるくらい?」
顎に透明な指を添わされ、くい、と持ち上げられる。
「あ、ああ。いっぱい、いっぱい買うから……だから僕は見逃して……」
「んーーーーー……だめぇ♪」
そんな。
直後、顎に添えられていた手が顔に広がり、口と鼻を塞ぐ。
苦しい、く、苦しい!! 息が、息ができないっ! 脳が、僕の優秀な、脳がっ……
「ばいばーい」
ぷちゅん。




