とある研究員の活路
地下二階に戻ってきたところ、スライムが居るのが見えた。
あいつらは赤いので、ライトでしか照らされていない薄暗い廊下でもよく見える。
「チッ、さっき閉めた扉も破られているみたいだな」
「そうだな……まぁ、ここの探索をする程度には時間が稼げたんだ、このまま突っ切ろう」
奴隷共に聞こえないよう小声で相談する。
逆に奴隷共にはこう説明しておく。
「あの赤いスライムは弱い奴だから、ゆっくり横を通り抜ければ大丈夫だ」
と。
実際に襲われたら「そんな馬鹿な!」と驚いてみせればいいだろう。
そして奴隷共は僕らの言葉を信じて、ゆっくりと横を通り抜けていく……あれ、本当に大丈夫そうだな?
「おい。このスライム、始末してくか?」
「いや、D装備の無駄打ちは避けたい。残りも多くないんだ」
D装備は僕らの命綱だ。残りが少ないのは困る。
「そうだ。なぁ、さっき拾った赤い棒を試してみたらどうだ? スライムの弱点だって言ってたじゃないか」
「そ、それで俺が襲われたらどうするんだ!?」
「……いや、今のうちに試しておくのは賛成だ。ダメでもD装備で援護できる」
「そそ、そ、そうか。そうだな。よし、ちゃんと守れよ……?」
そう言って同僚が赤い棒を近づけると、スライムはそれを嫌うようにウニョウニョ這って距離を取る。
「おお! みろよ、やっぱりこの棒はこいつらが苦手とする物体なんだ。ハハッ、ほら、ほらっ!」
「おいおい、あまり調子に乗るなよ」
スライムを棒で突きまわそうとする同僚。逃げ回るスライム。……と、スライムがぷるんと震えて、同僚に向かっていきなり飛び掛かってきた!?
「うわっ!?」
「」
だが、同僚に飛びつく前にD装備の薬品が放たれスライムに命中。スライムはそのまま吹き飛ばされて壁にブチ当たり、ジュウジュウと煙を上げて溶けていった。
「はぁ、はぁ、びっくりした。死ぬかと思った」
「危なかったな」
「……チッ、もっと早く助けろよな」
いや十分早かったと思うよ? と流石に僕でも思う。
だがこれで赤い棒をスライムが苦手としていることは分かった。
「実際にその棒でスライムを触れたらどうなるかも確認したいが……まぁ、奥の手としておこう」
「っていうか、今1匹倒したならあと2匹ってことだよな!?」
「……増えていなければな」
「増えてるかもしれないのかよ……でもこの棒があれば……!?」
と、地下1階を覗き込むと、そこには衝撃の光景が広がっていた。
通路のいたるところに、赤いスライムが転がっている。3匹どころじゃない。少なくとも2桁はいる。
どうしてこんなに、増えて……ハッ!?
「もしかして、いや、間違いない! 地下のゴーレムを、動力の魔石を食ったのか!」
そういえば地下1階にはコイツの所属している研究室、通称ゴーレム研があったはずだ。
地下1階に待機していたゴーレムの動力にも当然魔石が使われているが……
「ま、ま、まさか! ゴーレムの主動力のCランク魔石だけじゃなくて……厳重保管のAランクの魔石も……!?」
「はぁ!? Aランクの魔石!? お前、ゴーレム研にはそんなのが置いてあったのかよ!」
「研究用だってウチの博士が持ち込んでたヤツだよ、俺は関係ない!!」
Aランク魔石といえば、暴走させればこの研究所を吹き飛ばせるレベルのエネルギー結晶。
スライムがそれを食べて取り込んだとしたら……そりゃ、増える。増えるだろう。
「ぐ、ど、どうするんだ?」
「……お前の赤い棒を振り回しておけば寄ってこないんじゃないか?」
「やだよ! それだと俺が先頭に立つことになるじゃないか!」
「防護服を交換するか?」
「あ、ああ。そうだな。その手があった……よし、誰かうまい事脱がしてくれ、この棒、手から離れないんだ」
と、処理班の手伝いを受けて防護服を脱ごうとするが……
「あだだっ、ちょ、ちょっと待て! なんか手が離れないんだけど!?」
「おい、棒を握るのをやめてくれ」
「違う! 握ってない! 手が、手が離れないんだよっ!」
「」
「なんだと?……むむ、防護服の手袋に穴が開いている。……癒着しているようだ。これは何か刃物で切り離さないと……」
「待ってくれよ! 俺の手、俺の手はどうなるんだよ!? ちゃんと治せるよな!?」
騒ぎ立てる同僚。でもその棒を拾ったのお前だし、自業自得だよね。
「落ち着け。幸い皮1枚だ、回復魔法でなんとかなるレベルだろう。教会に行けばなんとでもなる。が、早く切り離さないとどうなるかはわからないぞ」
「うう……いやだ、切りたくない……あれ?」
と、同僚がキョロキョロとあたりを見回す。
「な、なぁ。なんか人、足りなくないか?」
「え?」
言われてみて数えてみると、奴隷はなぜか4人しかいない。そして、処理班も班長ともう1人しかいない。
「え、ちょっとまって? なんで?」
「」
「あ!!」
見た。見えた。今、赤い触手が。すごいスピードで奴隷を捕えて運んでいった。
捕まった奴隷は言葉を発する隙も無く、連れていかれた。
な、なんだあれ。なんだあれ!?
「お、おい! チクショウ、盾がもう3匹しか残ってないぞ!?」
「あ、あ、あ……! なぁ! スライムは弱い奴だから大丈夫って言ってたじゃんか!?」
「チッ……うるさい! さっさと逃げるぞ、走れ! 死にたくなければ走れ!!」
こうなったら、もう肉盾を先導させて突っ切って逃げるしかない。
「ちょ、ちょっとまって!? 俺の手は!?」
「今ちんたら切除してて捕まったらどうせ死ぬ! 安全な場所に避難できるまで置いとけ!!」
「うえぇえ……取ってくれよぉ……!」
その時また赤い触手が伸びてきた。狙いは防護服を半端に着なおしている同僚。
しかし。赤い触手が棒に触れた時。
「えっ」
「あっ!」
ぱちぃん! と触手が爆ぜた。千切れた側の触手が、うぎゃぁ、と悲鳴を上げるかのように痙攣して床に溶けている。
「! や、やっぱりこの、赤い棒がスライムの弱点なんだ! は、はははっ! さぁ逃げるぞ!」
先ほどまで早く取ってくれ、と懇願していた赤い棒を、同僚は握りなおす。
処理班2人に挟まれ、先頭に奴隷の肉盾という布陣で進む――
って、ちょ、ちょっと待てよ!? 僕だけ何の武器も持ってないんだけど!!




