とある研究員の希望
「おい、どうする? このまま地下に居ても、埒が明かないぞ」
「上級研究員は? 先日死んだのを除いて、あと2人いるだろ? 僕らとは別に避難したのかな?」
「それぞれ研究室にいるはずだが……警報を聞いて動いてないなら、もう死んでいるのかもしれないな」
「……ハハッ、それなら残った俺達が全員上級研究員になれるじゃないか? なぁ?」
安全な場所だったら、それを聞いて、素直に喜べただろうに。
「ちょっとまて。……上級研究員は、どこで死んだんだ?」
「おいおいまだ死んだと決まったわけじゃ……」
「いや。死んだと仮定して考えた方が良い。上級研究員の研究室ってコトは……なぁ? まさに、地下なんだぜ?」
僕は思わず泣きそうになった。
「じゃ、じゃ、じゃ、じゃあ何かい? あの赤いスライムは、いや、スライムどもは、実はこの地下のどこかで蠢いてるってコト? 僕らに見えない場所で!」
「そういう可能性もある……ってコトだ」
「おい! 誰だよ地下に逃げようなんて言ったヤツ!! お前じゃねぇか!」
「うるさい! あの時はそれしかなかっただろ!?」
「騒ぐな! スライムは音を聞くぞ!」
ピタリと静かになる。
「耳もねぇのに、音を聞くのかよ」
「先ほど死んだ研究員がどう殺されたか覚えてないのか? 大声を上げて、足音を立てて、扉をくぐったその瞬間殺されたんだぞ。野生のスライムも音の振動で獲物を捕らえると聞く」
「……確かに」
であれば、騒ぐのはよくない。
僕は思わず口を手で塞ごうとし、防護服のマスクにがちんと手をぶつけた。
「……! 逆に良いことを思いついたぞ。地下3階に丁度いい囮がいる」
「奴隷のガキどもか。それは良いアイディアだ、やつらが生きていればだけど」
「逆に考えてみろ。生きてるなら、そこにはスライムも居ないってことだろ? 確かめに行く価値はあるだろうよ」
だがそれは誰が見に行くか、という話になる。
「はっ。こっちはアイディアを出したんだ、処理班の誰かが行けばいいさ」
「……いや、孤立するのはマズイ。全員で行くべきだ」
「そうだね。僕もその意見に賛成だ」
「いやだ。俺はここに残る。扉は閉まってる。防護服も着てる。ここより危険かもしれない地下になんて行きたくない」
言い出しっぺの研究員がそう言う。
「……ならお前だけ残ればいいんじゃないか?」
「そ、そうは言ってねぇだろ。何人か残ればいいじゃねぇか」
「けどお前以外は全員いくよな?」
「あ、ああ。僕も下へ行くよ」
「……分かったよ。行けばいいんだろ行け――」
発言の途中だった。ハッチに背を向けていたそいつは気付いていなかった。
ハッチの金属部分がずるりと音もなくズレ落ち……そこから赤い触手が伸びてきたことを。
「逃げろ!」
処理班班長の声に、僕達は駆け出す。地下へ。地下2階へ向かって。
触手に捕まった研究員だけ残して。
「やめ、ぎゃ、ひぃ!? あ、あ、あ……あああああ!!!!!!!!!」
あいつがどうなったのかなんて、見ないで。
断末魔の声だけが、暗い廊下に響いて。
それも急にぷつりと途絶えた。
「お、おい!? なんで扉が突破されてるんだよ!? スライムを倒せよ、仕事だろ!?」
「うるせぇ! 触手だけ叩いても意味ねぇんだよボケ! 頭いいならそんくらい分かれや!!」
処理班の一人が乱暴な言葉で反論する。
くそっ! くそっ! ホントどうなってるんだ!? 地下2階へ滑り込む。扉を閉める。
「なぁ、オイ。どうなってんだよ……チクショウがぁ」
「……考えられるのは、本来このハッチは下から上にくる物に対する備えだ。……だから」
「上からの攻撃は想定されていない、って? 馬鹿がよぉ……両方ちゃんと使えるようにしとけよぉ」
膝を抱えるように座り込む、もう一人の研究員。
「休んでる暇はないぞ。地下3階にいって、早く囮を手に入れないと」
「……もうやだ、おうちかえる……」
「帰るためにも、立て! 早くしないとヤツがまたハッチを開けてくるぞ!」
「うぇぇぇ……真面目に勉強して、真面目に働いて来たってのに……なんで俺がこんな目に」
処理班の班長に立たされ、防護服の中、泣きわめいている。
ガキかよチクショウ、僕だって泣きたいよ。
ああ。そうだ。研究員は僕と彼だけになってしまったのか……
「なぁ、何か武器は? 武器は無いのか? 武器があればアイツに襲われたときに助かるだろ」
「……半端な武器だと、取り込まれて終わりだよ。処理班のD装備なら対抗できるみたいだけど」
「じゃあそれを寄越せ! 俺は死んだらいけないんだぞ!」
「……我々のD装備を渡した場合、我々は死ぬだろう。その次は君がスライムに囲まれて対峙することになる。訓練もしていない君が、たった一人で立ち回れるのか?」
うっ、と言葉を詰まらせる。
そうだよな、護衛から武器を取り上げるなんて愚行でしかないよな。でもそんなことに頭が回らなくなるほどに、僕らは追い詰められているんだ。
「な、なら新しい武器を調達しようぜ? なぁ、対スライム武器、お前んとこの研究室に残ってないのかよ」
「何も残ってないよ。昨日僕が見た時は全部運び出されててまっさらな部屋だったかな。……あ。でも他の研究室なら何かあるかも?」
「通りすがりに覗いてこう。何かあるかもしれないし」
あまり時間は取れないが、軽く覗くくらいはいいだろう。
そう思って、地下2階の部屋を軽く覗きながら探っていく……軽く覗く程度で十分だった。
なぜって、部屋の中には何もなかったからだ。
きれいさっぱり。床と壁が見えるだけ。ライトで照らしても、家具の跡しか残っていない。
「なんもないね……」
「これ、もしかしてスライムが全部食ったってコトか?……じゃあ、地下3階に行っても無駄なんじゃ……」
「地下4階にダンジョン用の武器がなかったっけ?」
「スライムに効くか? それ」
「おい! コッチに何か残ってるぞ、見てくれ!」
絶望しかけたその時、処理班が何か見つけたようだ。
行けば、そこは恐らく檻で。枝分かれした赤い棒状の何かが落ちていた。
なんだこれ……土、いや石から生えてる? キノコか?
「ここって、人工魔人計画の実験室だよね。なんでこいつだけ……」
「! そうか、これがスライムの弱点なんだ! っしゃ、武器ゲットぉ!」
そう言って赤い棒を拾い上げる同僚。
「お、おい! そんな安易に触ったら危ないって!」
「大丈夫だって、防護服着てんだから!……あれ? 手袋にくっ付いて離れない」
「だから言ったのに!」
「言うのが遅いっての!……でもまぁ防護服脱げば大丈夫か」
「替えの防護服はないぞ」
「……」
同僚はその赤い棒を手にしたまま、進むことになった。
確かにスライムに対する武器にはなるかもしれないから、置いていくのも勿体なくて。
そして地下3階にたどり着く。……奴隷たちは?……いた! よかった! これで助かるぞ!
「よーし、よし、よし! あとはこいつらを囮――」
「馬鹿か。そう言ったら奴隷でも抵抗するだろ。ここは任せろ」
処理班の隊長が牢の鍵を持ってきて、牢を開ける。
「おい、大丈夫か! 助けに来たぞ」
「助け……?」
「ああ。モンスターが脱走して暴れてるんだ。ここは危ない、逃げるからこっちへ来なさい」
「モンスターが……ああ、わ、分かった。みんな、歩けるか? ここから出るぞ」
あっさりと隊長の口車に乗せられて牢から出てくる獣人奴隷たち。
馬鹿な獣どもだ。奴隷になるのも納得だな。
「モンスターは下からやってくる。我々が後ろを守るから、君たちは前に行きなさい」
「……ああ。ありがとう、おじさん」
やった。これで盾が手に入った。
あとはこいつらにスライムが襲い掛かっている隙に、研究所の外へ逃げればいい!
ようやく見えた希望の光。
僕達は肉盾を前に、来た道を戻る。ライトの魔法で照らせる範囲はそう遠くないので薄暗い。が、赤いスライムならすぐに見つけられるだろう。
「ほらさっさと歩けよ、早く逃げるんだから」
「おい、その赤い棒は気を付けろよ? 何かにくっついたらいよいよ防護服脱がなきゃならなくなるぞ」
「わ、分かってるよ」
赤い棒を鞭のように振り回していた同僚が、大人しくなる。
奴隷たちは何も知らず前を進み、僕達に安全を示してくれる。
安全な道を歩く事こそ、僕達人間の特権だ。さぁ、これでもう助かるぞ!!
あ。そういえば地下4階にも使用人が居るんだったっけ……助ける余裕はないからほっとくべきだろう。
囮は奴隷がいればそれで十分だし、僕らが助かってから救助隊を呼んであげたほうがきっと生存率も高いさ。




