とある上級研究員の終わり
マジャーク共和国の上級研究員。彼は、ニヤニヤと笑みを浮かべていた。
競合相手である合成魔獣計画が勝手に頓挫し、人工魔人計画が最大手となったのだ。
合成魔獣計画が魔獣を混ぜて人の枠を超える計画であったのに対し、人工魔人計画は『赤角』を使い人外の力を得る方針の計画だ。
赤角はダンジョンに現れるモンスター、レッドデーモンの魔石を精製して作り出したものである。その特徴は、なんといっても赤角を容易に増やせる点にある。
敵国の兵士などを『原木』として使うことで赤角は何倍にも増える。増えた赤角を適切に加工し、味方の兵士を強化するのだ。
味方に使う場合は適切な封印処理を行って使用すれば、安全に使用できるようになる……見込みである。そのあたりは現在研究中だ。
「研究するためにも赤角をどんどん増やさねばな! 吾輩がマジャークの歴史に偉大なる研究者として名を刻むのだ!!」
計画は順調である。
順調であった。その時までは。
助手達が部屋に戻ってきた。
「おい助手。原木にちゃんと餌を与えてきたか? まだ食えそうな元気があったかね?」
「…………」
こくり、と頷く助手。
動きがぎこちない。どこか体調を崩しているかのようである。
「ククク、そうかそうか。生存時間の新記録だな。だがおい。貴様らは風邪か? 軟弱だな。気合が足りんぞ気合が! 吾輩の研究に携われる喜びで病気など吹き飛ぶべきだろうが! 秒で治してこい! 吾輩に移すなよ!」
だらしない助手にそう言って、赤角の運用計画を練るべく紙にペンを走らせる。
風邪……薬……そうだ! 粉末化し、薬として運用するのはどうだろうか? デーモンと反発する聖属性で抑え込めば一時的に作用する強化薬として使えるようになるはずだ。
赤角はいくらでも増やせるのだから、消耗品としての使い方をしても問題ない。
「人間が接種しても問題ない安全な量、そして致死量もしっかり確認せねばな。野蛮な獣共より人間は高尚で繊細なのだ、見極めが必要である。おそらく致死量は……」
ああ、楽しい。研究は楽しい。いくらでもアイディアが湧いて来る。
そして実験をするためにも、赤角はやはり量産しなければならない。
「うん、もう2、3匹を原木にして同時に増やそう。生きの良い生意気なヤツがいたな……ん?」
気が付けば背後に助手2人が立っており、メモを覗き込んでいた。
「おい! 吾輩の研究を盗む気か!? お前らは大人しく吾輩の言ったことだけをしていろと言っただろうが!」
「……」
「おい、なんとかいえ愚図が! まったく、吾輩の若い頃は自ら率先して……」
研究員が教育してやろうと声を荒げた時、助手の一人ががしっと研究員を抑え込んだ。
「な、なにをする貴様!? おい! コイツをどかせ!」
「赤角は、どうやって除去するんだ?」
「貴様!? その声、吾輩の助手ではないな!? 優秀な吾輩の天才的な研究を盗みに来たスパイか!」
おのれ、どこの研究室、いや、どこの国だ? スパイに違いないと候補を頭の中にリストアップし、いずれでも現状は変わらない事に気付く。
「答えろ。赤角の除去方法は?」
「はっ。吾輩がそれを素直に答えると思ったかね?」
机の裏にある非常警報のボタンを押そうと身じろぎするが、首筋に冷たい金属の感触を当てられ身体がこわばる。正気か? この天才の頭脳を失ってもいいというのか、いや、敵国のスパイだとすれば、それは敵国にとって利益でしかない――と思い至る。
自分の殺害が正しく利益になる相手。慎重に相手しなければ本当に殺される。
そうだ、除去手段を聞いているのであれば。それを利用すれば。
「……外科手術で除去するしかない。うぐッ、と、特殊な手順が必要で、それが可能なのは吾輩だけだ。ああ、書類を調べても無駄だぞ。吾輩しか知らぬ」
「その手順を言え」
「ああ、説明してやろう。だが口頭では難しい、だから放せ」
少しでも放したら、すぐにボタンを押して逃げてやる。そのつもりだった。
「まずは口頭で説明しろ」
「……答えたら、吾輩の命を保障してくれるかね?」
「少なくとも答えなければ保障はできないね」
ぐさり。と、痛みが走る。足だ。足を刺された!
「ぐぁあああ!? な、なにを、貴様っ! 痛い痛い痛い!」
「手術させるにしても、説明するにしても、手があれば十分だろう? 早く答えろよ。お前の態度は昔の上司を思い出してイラつくんだ」
「わ、わかった、言う、言うから。……ま、まずユニコーンの角の、粉末を塗り、ええと、そうだな……活性剤を、飲ませ、てはいけなくて。ああ、痛い、痛い……!」
なんとかそれらしい説明をひねり出そうとするが、痛みで頭が回らない。
「ああちがう、活性剤は周囲に塗るのだ。そう。ハケで、ボアの毛のハケが良い」
「おい、本当に本当の事なのか? 適当言ってないかお前」
「そん、そん、そんなこと、無いぞ……」
バレた? バレたか? そもそも、そのような方法など無いことに。
いまだ研究途上である赤角は、まだ少量を植え付けた場合に安全に除去する方法すら確立されていないのだ。腕に植え付けた場合、腕が浸食され切るまえに腕を斬り落とすしかない。
そのことを悟られないように、と意識すればするほど、目を泳がせてしまう研究員。
「手始めに、牢屋にいたあの赤い角の獣人の角を除去して見せろ。そいつの命が助かったら、お前も助けてやるよ」
「……無理だ」
「は?」
「そ、それは無理だ! アレは原木! 赤角を増やすための原木なのだ、アレは吾輩でも無理にきまってるだろうが! ふざけるなよ貴様!」
「は??」
物事の道理も分からんのか、この乱入者共は!! と痛みを通り越して怒りがわいてきた研究者。
「原木は使い捨てに決まっているだろうが! 全身に赤角を移植して定着させているのだぞ、それを切り落としたら死ぬに決まってる! それにあれはもう寿命だ! ゆでたまごを生卵に戻すほうがよほど簡単だろうな!」
「移植された部位を切り落とす、が、正しい除去方法なのか」
「……ッ、そ」
「……じゃあもう用済みだよお前。ミーティちゃん、食べて良いぞ」
そんな。という前に、研究者はみた。
押さえつけてきていたヤツとは別のもう一人が、防護服を脱ぎ捨て、ぶわぁと透明な粘液を広げているところを。
あれは、スライム? まさか。合成魔獣計画の。
「ひ!? や、やめ、食べるとは!? わ、吾輩を!? バカなこと――」
「もぐもぐ!!」
意思を持った粘液が、研究者の顔に降りかかる。べちゃり、ひんやりとした直後、圧迫感と酸による熱を感じ、そして一瞬だけ痛み、
ぷちゅり。
(いつもお読みいただきありがとうございますわ。
感想、全部ちゃんと読んでますわよ……!)




