とある商人の命懸け
その商人は、金貸しをやっていた。
そして商人が金を貸していた男が逃げ、ケジメはつけてやったものの、金自体が返ってくるわけでもなく。その借金は担保の娘に引き継がれた。
幸い器量の良い美少女だった。その身体を存分に使えば、10年もあれば稼げるだろう。
そしてその少女が精霊憑き――災害になった。
……ふざけるな、と叫びたくなったが、どうにかこうにか生き延びつつも借金を維持させることに成功。あと数日で最初の約束である1週間になる――そんなある日。
「ちーっす!」
災害がやってきた。殺しに来たかと逃げそうになる足を気合で抑え、この少女にとって自分は味方であると論理的に心を騙し、敵対しないように冷や汗を背中に隠しながらニコリと微笑んで見せた。
「ええと、な、何の用だね? 約束の日まではまだ数日あるが……」
「ある程度稼げたんで、一部早期返済っす!!」
「そ、そうか。それはとても喜ばしいな」
用件が分かりホッとする。しかもどうやら踏み倒そうというわけではなく、正しく返済してくれる心づもりのようだ。ああ、なんと嬉しいことか。今日は分厚いステーキでも食べよう、デザートに果物も。
「はい、金貨5枚っす」
「……? む、銀貨5枚……ではなく?」
「金貨5枚っすよ?」
うっかり聞き間違えるところだったが、そんなヘマをしては商人は務まらない。
金貨5枚といえば、少女に貸していた借金、1000万ゼニーの半分である。
まだ一週間経ってないのに……?
テーブルの上に金貨を並べ得意げな少女。一体何をどうしたら一週間も待たずにこんなに稼げるというのか。まさか偽物の金貨ではあるまいな、いや、だとしても受け取るしかない。断れば、何をされるか分からないのだから。
あえて情報を集めないようにしていたのが災いしたか、と、商人は引きつった笑みを浮かべた。
「う、うむ。確かに受け取った」
「ざーっす! じゃ、また今度!」
「え、あ、うん。はい。あ、今週の返済の約束はこれでいいからね」
「はーいっす!」
もう用は済んだ。そう言わんばかりに軽やかに少女は帰った。
いや実際に用は済んだのだけど。
どこか釈然としなかった。
……
それから3日。
商人は情報を集めた。
本当は集めたくなかったが、すぐに情報が集まった。
精霊憑きは、特にあの少女は見目を引いて良く目立つ。特に借金まみれの生活でどう育てたのかと首をかしげたくなるような胸部パーツが。
「……本物の金貨だったし、まさか他にも精霊憑きがこの町に来ているだなんて……」
借金を抱えた少女に、別の精霊憑きが手を貸し、冒険者ギルドの依頼を片っ端から片付けてしまっているらしい。
しかも本来は複数のパーティーで取り組むような代物まで。たった2人で。
精霊憑き同士での相互補助なのだろうか。何か精霊憑き同士にしか使えない連絡手段でもあるのか。でもなければ希少な精霊憑きが2人も集うなどありえまい。
下水の掃除などというキツくて汚い仕事まで、金が入るなら何でもいいと言わんばかりに仕事を選ばずやっているとか。
おかげで一般冒険者用の依頼と掲示板を分けている、とギルドの職員が愚痴のように言っていた。が、長年放置されていたような依頼も片付けてくれているのでむしろプラスであるようだったが。
「……そりゃ、20人分の冒険者がやる仕事を2人でやりまくれば、金貨くらい簡単に稼げるか……」
それだけの実力があるという事だろう。なんにせよ、このまま借金を返済してもらったらもう関わるのは止めよう。真っ当な商売だけして真っ当に生きよう。欲をかいてはいけない、それは死への直通路だから。
「ちーっす! 商人さんいるっすかー!」
「じゃーますーるぉー!」
「ひゃっはー!」
商人は体内の血が逆流するのを感じた。なぜ。何の用で。借金の早期返済ならこの間受け付けたばかりである。よもやさらに短期間で追加の金貨を稼いだか、というか、なんか、精霊憑きの災害が3人に増えているんだが?
儂、この後死ぬの? と商人は泣きたくなる気持ちをぐっとこらえ、腰が抜けたのを誤魔化しゆっくり椅子に座った。もう立てないぞ。考えろ、生き延びるんだ。
「おら! 教えるぉ! 色町ってどこにあるぉ!?」
「あ、商人さん。追加の金貨5枚っすー」
「へー、ここが商人の拠点かぁ。結構綺麗なんだなー。金持ってそうじゃん」
ひぃい!? と内心震え上がるしかない商人。だけど、顔は努めて笑顔。笑顔をキープする。自分は味方であり、敵ではない。それを示す笑顔こそが、生き延びる唯一の道なのだ。
「……ああ、えっと。ひとつひとつ話を聞いていい、ですかね?」
「じゃあ色町の場所だぉ!」
「じゃあ借金の残りを返しに。はい金貨5枚っす」
「あの壺って割っても良いやつ? ダメ?」
どうやら、精霊憑きの彼女らは……人ごときの話を聞く気がないようだ。
「……ええと、色町ならこの通りの2つ裏です。壺は割らないで欲しいですね、気に入っているインテリアなので。そして、借金返済おめでとう。これで君は自由の身だ」
なんとか一息に3人の要望を処理する。気の短そうな順に。これぞ商人の経験があってこその綱渡り。順番を間違えたら、死んでいたに違いない。
「お。ペンペン、借金返済したぉね? ボクも色町の場所は聞いたし、じゃあこの商人はもう用済みかぉ?」
「金持ってそうだよなー……」
殺される。そう思って意識を飛ばしそうになったところ、少女が。今借金を返したばかりの少女が「まぁまぁ」と手を伸ばす。
「アルト氏、こういうスローライフ物のお約束をご存じないっすか? 借金を返すと、商人さんはさらなる高額商品を私に売りつけてさらなる借金を課してくれるんすよ!!」
「は?」
「あー。そういえばそうかぉ。じゃあまだイベントあるのかぉ」
「あるあるだよな。そんで次はその借金を返済するために働くやつ」
「っすよ! たぶん牧場あたりを売ってくれるんじゃないかなって期待してるんすよー。ホームの畑が手狭になってきたんで」
は? どういうこと? と商人は白目をむきそうになるのを一旦堪え、気合で押さえつけ、どうやら『牧場を売るなら生かしておいてやる、当面の間は』ということだと正常な判断を下した。
え、借金を課されたい? どういう精神構造なのか、と考え、そういえば精霊憑きなんだからその内心を推し量ろうとするだけ無駄だということを思い出した。
だが牧場。手持ちの牧場なんてない。なんとか……なんか、なんかないか……ハッ!
「……あー、そ、そういえば、この町の郊外に……広い土地があるんじゃが、そこは何もなくて……で、でも、牧場を始めるのには、いいかもしれんのぉ?」
「ほらきた! 来た来たー! それを待ってたっすよ商人さん! で、いくらっすか?」
ホッと息を吐く。これで正解だったようだ。
「……金貨――」
「やっぱ2段階目は最初の借金より高い値段ってのがデフォだよな」
「ぉっぉっ、あるある。まぁ基本、稼げるようになってるんだから安いとやりがいないぉ? 当然だぉね」
困った。郊外のその土地は、基本的に安いため、金貨にして3枚くらいなのだ。
なにせ何もない。それは不便極まりないし、モンスターに襲われる危険も高い。
ぶっちゃけて言えば、以前工場を建てようとして、しかし商人が騙されていたという経緯で手に入れてしまった、曰く付きのゴミな土地だった。
正直、相場で言えば金貨1枚でもいいくらいだ。だが正直にそう言ってしまえば、期待を裏切ることになる。それは、死、ではないか?
しかしここでふっかけて、金貨20枚とでも言ってみろ。あとでそれがバレでもしてみろ。間違いなく、死ぬ。
「……と、土地だけで、その、仕入れ値で金貨3枚の土地でのぅ。じゃが相場でいえば、金貨1枚でいいところ……」
「えっ。安」
「2日で稼げるぉそんなの」
「……なんじゃが!! 実は!! その土地は地下に何かあるらしくてのぉ、本当にあるかどうかは知らんのじゃが……! 本当は売りたくないんじゃが……それを加味して、あと儂の儲けも欲しいから……金貨5枚……! 税金関係はこちらで処理するでその手数料込み……!」
精一杯頑張った。商人は、自分の命をかけて、金貨2枚上乗せした。その前に覚悟を決めるべくグダグダ何か口走った気がするが、まぁ金貨5枚とした。
「……」
「……」
「……」
沈黙が重い。命の価格はそれでいいのか? と問われているようだ。3対6つの瞳に火炙りにされる光景を、商人は幻視した。
「あっ、そのっ」
「これはむしろ地下がメインのコンテンツかぉ……!?」
「そうなるとツールでちょいちょいお金かかる奴っすね! いい! いいっすよ! そういうの待ってた!!」
「ん? なんか言ったか商人さん」
「あ、いえ。えーっと、スコップ、ウチの商店で銀貨1枚で売ってますので」
「買うっす!! あ、じゃあ借用書書くっすねー。スコップは手持ちの金ですぐ買うんで金貨5枚分っすね!」
「あ、いや! 手続きがあるんで、しばらくお待ちを! ね! しばらくは借金なしの晴れ晴れした気分を味わってもいいのでは!?」
「確かに!」
……
なんか、そういうことになった。
3人の災害は、楽しそうに去って行った。債務者用の足環はもういらないと言って外しておいた。
あとどこかに行くと言っていた。なんならもう帰ってこなくていい。どこにでも行ってくれ。
「……あ。す、スコップの開発を。いや、採掘機か? 鍛冶屋や魔道具師に開発を依頼しなければ……」
テーブルには、さっき支払われた金貨5枚が。
これを元手に、1本で金貨1枚するような、ミスリルやアダマンタイトのスコップを開発しなければならない。商人はそう思った。商人が、命を繋ぐために。




