とある商人の絶体絶命
商人はだいぶ油断していた。
なぜなら天災達こと、精霊憑き共がスリアドに向かったからだ。
お祝いと言っては何だが、昼間にもかかわらず秘蔵のワインを開けてしまった。
「はぁ、平和だのぅ。明るいうちから飲む酒が美味いわい」
「ちわーっす! おじゃまするっすよー!」
「ぶふぅ!?」
思わずワインを噴き出した。それは、スリアドに向かったはずの精霊憑きだった。……な、なぜこんなところに。
「な、な、す、スリアドに行ったのでは?」
「あ、私は牧場があるんでこっちに残ってるんすよ」
「……な、なるほど……ぼ、牧場は確かに大事だからな」
そういうことなら、仕方ない……仕方ない、と言い聞かせつつ、気を取り直す。
「それで、ゴーレム魔法は仕入れられたっすか?」
「……」
何故それを。つい先日、たまたま出張買い取りで掘り出し物を見つけ、ゴーレム魔法の巻物を手に入れたばかりである。
……いや、さすがに偶然だろう。元々ゴーレム魔法について仕入れておいてくれと言ったのはこいつだ。
何も知らなくても話題に出して当然だ。
「運が良いですな、丁度手に入れたとこでして」
「おお! やったっす! で、おいくらだったっすか?」
商人は油断していた。そして、酒で判断力が鈍っていた。
仕入れ値はなんと銀貨50枚程度で済んだのだが……今回はレアな一品物。多少ボッタクっても絶対にバレない品である。
なので、少し吹っ掛けた価格を提示した。
「……仕入れ値を含めて、手数料込みで金貨5枚になりますな」
「ふむ、それならもう持ってるっすね。はい」
ちゃりんちゃりん、と銅貨のように気軽に金貨をテーブルに置く精霊憑き。
もうそのくらい軽く稼げるようになった、ということだろう。
まぁ知ってるが。その稼ぎの結構な割合は元々商人が買い取ってるので。
(ちなみになるべく顔を合わせたくないので、牧場にある『出荷箱』にいれておけば買取をしてお金を置いていく契約になっている。不定期に持ち込まれると心臓に悪いし)
「じゃ、早速使ってみるっすね!……おぉ! ちゃんと覚えられたっす!」
「ほほぅ、それは何よりですな」
ゴーレム魔法は物作りの才能が無ければ習得できないというが、その点は十分に満たしていたのだろう。
そしてこれで証拠は消えた。もはや巻物は使い物にならず、同様の物はなくなる。
元々珍しいアイテム故に相場はないのだが、金貨5枚がボッタクリだったとはもうバレないだろう。
本当に何よりだ。
「非常に珍しい魔法でしたからな。今回は運がよかった。次また手に入るかは分かりませんのであしからず」
「おー。そうなんすね。まぁ私が使えれば十分なはずっす! ありがとうっすよー!」
そう言って、何事もなく、満足そうに帰って行った。
ああ……最高だ。
あいつらに一矢報いたし、金も稼げた。
その日、商人はとても清々しい気持ちで眠りにつくことができた。
――数日後。
「はぁ、平和だのぅ……胃薬が染みるわい」
ボッタクリしてしまった翌日こそ布団をかぶってガクガクブルブル震えていたが、特段何事もなかった。金を返そうかと思ったがそれは自白であり処刑待ったなしに違いない。
つまり生き延びるにはこのまま黙っておくしかなかった。
で、だ。
「……」
先ほどからなんか窓の外に見えている。
通りのはるか遠く。大きな骨の化け物が。
以前話に聞いたことがあるアンデッドドラゴン。地獄の使者。それが、この町中に現れたというのだろうか。
ああ、世界の終わりかぁ。その頭の上になんか乗ってるもんな。見覚えのある茶色い髪の天災が。
「商人さーん! おーい!」
無駄に元気な声が届いている。うん。だから逃げられない、逃げたらマズイと思っていたのだ。けして膝が震えて動けないわけではなく。
アンデッドドラゴンは、その足で踏みつぶさないよう足元に注意深く歩いてきている。……完全に使役されている証拠だった。
なるほど、首輪もついていた。まさか、アンデッドをテイムするとは……前代未聞だが、地獄の使者にはぴったりだ。
「商人さーん! おーい!」
「……」
ついに窓の前までやってきた。覗き込むその空洞の眼と、上に乗っている天災……
あ、最近調子が良くなかった膀胱が……そ、尊厳を保たねば。ぐっとこらえる。
「……な、何用、ですかな?」
「お陰様でゴーレムを作れたので見せにきたんすよー。あの土地を掘って見つけた化石をゴーレムにしたんす!」
「……お、ぉう。そ、そうでしたか……」
そして、それを使って自分の息の根を止めに? と震える。
どうやらアンデッドではなかったようだが……いや見た目どうみてもアンデッドなんだが……
「……」
「というわけでお礼にステーキを1枚プレゼントしようと思ってきたんすよ。あ、今受け取れるっすか?」
「え、ええ……」
そう言って、窓越しに小箱を渡される。……とてもいい匂いがする。良い肉のステーキのようだ。
「というわけで、今後とも宜しくっすよー! んじゃまたっす!」
「え、あ、え?……え???」
そして天災は去って行った。
……
あやうく尊厳が漏れ出るところだったが、部屋に入ってこなかったのでギリギリ助かった。
そして、手には美味しそうな匂いのする箱。
「まさか、毒でも仕込まれているのだろうか……いや、だとしても、ここは肚を決めて食わねばならんか」
もし食べた感想を聞かれて答えられないようでは、商人失格である。
そして、なにより、抗いがたい匂いだった。
「……ええい、この際、毒でも構わん……ッ! なんだこの美味そうな、いや匂いで既に美味い肉の匂いはァッ!!」
そして商人は知った。
この世界には、自分の知らない美食があったことを……
「……どういう意図でこのような美食を渡したというのだ……? ハッ! 何かの先払い、ということなのか!?」
だとしたら、あのステーキに合う仕事とは……?
あのステーキならば金貨10枚、いや、下手したら金貨100枚でも人々は食べたがるだろう。
「……貴族、いや、王族との渡りを付けろということだろうか……ぐぬぬ、じ、人脈を! 人脈を総動員じゃぁあ!!」
(こうして商人さんは今日も元気に働くのであります)




