閑話:case『盗賊の獲物』
少女は絶望していた。生に。運命に。この世界によくある不幸、結末のひとつに。
少女は行商人の娘だった。両親は十分に気を付けて、冒険者に護衛を頼んでもいた。ただ、その冒険者が盗賊の仲間だっただけ。父は真っ先に護衛だったはずの冒険者に殺され、母は父の首の前で嬲り者にされつつも、盗賊の体の一部を噛み切った。一矢報いたものの、母は怒り狂ったそいつに滅多刺しにされ殺された。
盗賊共は、それを笑って見ていた。なにか楽しいショーを見ているかのように。
残された少女は足が付くからという理由で奴隷として売られることもなく殺される予定である。
盗賊の一人が言った「今日は飽きたからコイツは明日な!」という一言と共に手足の腱を切られ、雑に焚火から取り出した薪で傷口を焼かれ止血された。
すぐには死なないように、しかし逃げられないように。
そんな絶望の淵に立たされた少女に、精霊が、気まぐれな救いの手を差し伸べた。
『精霊に全てを捧げますか?』
「……」
『精霊に全てを捧げますか?』
「……げる……、全部。……だから……」
幻聴かと思った。
その少女がその手を取る事に一切の戸惑いが無かったのは当然だろう。
幻聴でも何でもよかった。
「なんだって、捧げる、から、どうか……あいつらを皆殺しに……!」
『ぉっぉっ! デフォルトでも中々いい顔だぉ!――でも今回はたっぷりキャラメイクに凝ってみるかぉ!』
そしてたっぷり一晩かけて身体を作り変えられた少女は、もはや完全なる別人であった。
「ふぉー、我ながら完成度高ぇ、すんばらしぃ出来だぉ! 版権キャラ再現成功だぉ!!」
長い黒ツインテールに色白の肌。青い目。そして後頭部に浮かぶ青い炎のような光輪。もはや少女の元となっていた姿はどこにも残っていない。手足の健も切られていなかったことになっているかのようだった。
身体を申し訳程度に隠すボロ布すら、そういうパンクなファッションにさえ見えた。
「我が名はマ……んん、そのままだとアレだから、ちょっと捻ってアルト! アルトちゃんだぉー!」
精霊の降臨。少女の身体は、精霊様のモノになった。名実共に。
既に身体の所有権は精霊様にあり、少女は光輪となって、作り変えられた肉体をぼーっと見ていた。 これが精霊憑きか、と。
……ふと、前の名前が思い出せなくなったことに気付いたが、それはもうアルトに必要ないものだった。
「ぉ? チュートリアル。盗賊の殲滅……ほほぅ! そういえばアルトちゃん盗賊に攫われた設定だったぉね!」
あっはっは! と笑いつつ、身体を動かす精霊様。
その笑い声に気付いた盗賊が「朝っぱらからうるせぇぞ! 頭イカれたか!」と扉をガンガン蹴って脅してくる。
が、そんな威嚇は精霊様には効かない。関係ない。むしろ。
「……ゲーム開始だぉー!!」
ニタリと笑い、どこからともなく取り出した、巨大な黒い塊。円筒状のそれに手を差し込んで構えて、扉越しに盗賊を狙う。
「どーん!!」
黒い塊から放たれた岩塊が、扉を、盗賊を吹っ飛ばした。
「お、キルカウントすすんだぉ。11匹中1匹! あと10匹だぉー。あ、その前に操作確認しとくかぉ」
そう言ってその場でスタスタスタと左右にステップを踏む。
騒ぎを聞きつけた盗賊がまた1人……いや、1匹、また1匹と部屋にやってきた。
「うわっ! おいおいなんだこりゃ……!?」
「な、なんだアイツ。な、なんか高速で左右にぴょんぴょん跳ねて……お、おい、ここって女ぁ閉じ込めてたトコだよな?」
「連続押しがクイックステップで、ジャンプは……あ。これコントローラー操作もできるのかぉ? あとローリングは……」
精霊様は遠巻きに見てくる盗賊共を無視して、今度は前転を始めた。
「こ、今度はゴロゴロ転がり始めたぞ!? 壁に向かって!」
「頭イカれてんじゃねぇか? って、そういえばコイツはどっから来たんだ……?」
「おっと。なんか集まってきてるぉ? サービスいいぉね!」
ちゃき。と、黒い塊――銃(あるいは大砲というべき)古代文明の兵器を、無造作に盗賊共に向ける精霊様。
これがとんでもない武器であると少女は既に気付いていた。……気付かない方がおかしいか。
なにせ、指を動かすだけで、人を殺せるのだ。
「どーん!!」
そしてやはり、指をくいっと動かすだけで、面白いように、盗賊がはじけ飛んだ。
「ひゃっはぁ! 雑ぁ魚雑魚ぉ! あと6匹ぃ!」
「せ、精霊憑きだ! 嘘だろオイ、女が精霊憑きになりやがった! やべぇぞ逃げろ!」
「逃がさねぇぉ! チュートリアルの糧となるぉー!」
「うわぁああああ!!!」
逃げ惑う盗賊共。
中には襲い掛かってくる気骨のある者もいたが、精霊様は「QTEかぉ」冷静に銃を向け、盗賊ははじけ飛ぶ。
物陰に隠れてやり過ごそうとするも、「マップでバレバレだぉー。みぃーつけたぁ!」ニチャァと化け物のような(見た目は間違いなく絶世の美少女のはずなのだが)笑顔を浮かべ、追い詰め殺す。
小屋から出て、安心して一息ついたヤツがいたが、チラリと目を向けた精霊様が窓に向かってパン。
「フッ。またつまらないモノを撃ってしまったぉ……」
盗賊の頭が消え去り倒れた。
光輪となっている少女は、間違いなくそれを笑って見ていた。とても、ああ、とても楽しいショーであった。
盗賊を殲滅した後、精霊様は盗賊のアジトをくまなく探索した。
そこには両親をはじめとする死体や盗品があった。精霊様は盗品を虚空へと仕舞った。
そこには少女の両親の持ち物であった商品や遺品も多くあったが、その所有権は当然精霊様にある。
すべてを捧げたのだから当然だ。盗賊を皆殺しにしてくれた精霊様がどう使おうと、少女は文句はない。
文句はないが、少し寂しくは感じていた。
「おぉ、この黒いベルトは使えそうだぉ! うーん、カッコいい。コートに合わせて当分使うとするぉ!」
そう言って、精霊様は父のものだったベルトを腰に巻いた。気に入ったようで上機嫌だ。
……少女が感じていた寂しさが、少しまぎれた。




