第11話
――携帯端末画面の中で、トリアと大亀の戦いが始まった。
正直俺が動かすより、オートモードで動いてもらった方が勝率が高そうである。
というかタイミングよくタップとかをするにしても、どのタイミングで動かせばいいのか分からないレベルだ。
せめて音ゲーのようにバーとノーツが出てくれるならやりようはあったかもしれないが。
アクションゲームは苦手なんだよ俺。初見では何度か死んで覚えるタイプだ。
だがトリアを死なせたくはない。このゲームでは一度でも死んでしまえば終わりだ。
12時間のペナルティはもちろん、ここまで育てたトリアに、少なからず愛着が芽生えていた。
トリアは大亀の攻撃をローリングで避けつつ、前足を殴る。
踏みつけようとしてきたところをまたローリングで躱し、今度は頭を殴る。
順調なように思えたが、剣のようなトゲトゲにひっかけられダメージを受けてしまう。
トリアは素手だし、明らかに耐久力が高い大亀相手にダメージレースを挑むのは悪手でしかない。
しかし、目玉であれば。目玉であれば、一撃くらわせば潰せるだろう。
と、トリアの見立てではそういう判断だった。
「ぐぬぬ、俺は見ていることしかできないのか……?」
オートモードで任せると言った以上、もはやどうしようもない。
戦闘中に操作を奪おうものなら、その隙でやられてしまう未来しか見えない。
いやまてよ。と、俺はふと考えた。
今の俺でも、ゲーム画面の操作はできるのだ。
例えばインベントリ。薬草などの回復アイテムは無いが、子亀の死骸を出し障害物にするくらいはできるかもしれない。もちろん、トリア自身の妨害をしないようタイミングに注意する必要はあるが。
そしてSP。子亀を狩ったことによりレベルが上がっている。スキルも上がっているが、なによりSPが入っているので、これを上手く使えばこの状況をひっくり返せるかもしれない。
と、その時、大亀が頭と手足を引っ込めた。
そんなんアリかよ。弱点出せよお前。……って、違う!
「トリア、退け! 何かの必殺技モーションかもしれない!」
『はい精霊様!』
トリアがバックステップで大亀から距離を取る。直後、手足の穴からぶわっと大量の水が噴き出し、甲羅が高速回転を始めた。ナニコレやばい。
「岩に登って! 多分突撃してくる!」
インベントリから子亀の死骸を数個ぶん投げる。トリアのバックステップ跡に置かれた子亀の死骸は、想像通り突っ込んできた大亀に弾き飛ばされ粉々になった。コンマ数秒分くらいの時間稼ぎにしかならなかった。
が、その子亀の死骸のうちの一つを足場にわずかな時間でトリアは岩上に逃げ、さらにその岩が抉り壊される直前に別の岩に飛び移ることに成功して逃げることができた。
昔の蚊取り線香やカタツムリの殻のような渦巻き軌道で周囲を薙ぎ倒し、回転を止めた大亀。ぐるりと広範囲が薙ぎ倒されていた。回り始めた場所を起点として、結構な広範囲が破壊されつくしていた。
なんだよこれ、破壊力がありすぎる。こんなんチュートリアルにだしていいボスじゃないぞ。
「バランス調整おかしいってコレ……あ、でも。上に逃げれば逃げ切れるかも?」
『上に、ですか?』
上ということは、来た道を戻り山を登るってことだ。
……その後をどうしたらいいか、は、全くの未定。だが今は逃げに徹する。生き延びる。話はそれからだ。
「トリアの足をSPで強化する。それも込みなら、一旦は逃げ切れる、と信じたい。山を下りて人里を探すのはその後にしよう」
『わかりました。トリアは信じる。信じます、精霊様』
信じるしかないよね、トリアは。自分の命がかかってるし。
俺はメニューを開き、SPを使用する。使用する先は――足の強化。ケチる場面ではないので、使える分だけ全部使う。何ポイント使ったか分からないが連打しての強化を行い、余りとなった2ポイントだけを残し、トリアの足が強化された。
『大亀を殺せないのは残念ですが』
「いずれリベンジしにくればいいよ」
『はい。いつか、大亀を精霊様に捧げてみせます』
ボスが倒せないのも含めて、チュートリアルなのだろう。
……ガン、ガッと岩に大亀が手をかけているのが見えた。まだロックオンされているらしい。執拗に追いかけてくる気満々のようだ。
「おっと、大亀が岩山をよじ登ってきたぞ!? うわ、コッチ見てる。急いで逃げよう!」
『はい、精霊様……少しだけ、良いですか?』
「ん? なんだ?」
トリアは、落ちていた石、いや、サッカーボールくらいのサイズだから岩だろうか。岩を持ち上げた。レベルがあがったからかあまり重さを感じさせないそれこそサッカーボールを持ち上げるような自然な動作で。その後、手を放す。
そして蹴った。石を。
横蹴りの一閃、蹴り飛ばした岩は、大亀の右目にまっすぐ衝突して砕けた。
『ブモォオオオオオ!!』
のけぞる大亀。これまでの戦闘で一度も聞かなかった悲鳴。野太い牛のような鳴き声だった。
体勢を立て直した大亀の右目は真っ赤に充血し、しかし健在で、怒りの感情を込めてこちらを睨んでくる。
『……考えが甘かった、です。ごめんなさい。あれは今のトリアではまだ潰せません、逃げましょう。やっぱり精霊様が、正しかった』
「あ、うん、ソダネ」
それからトリアは猛然とした勢いで山を走り、木の根や泥濘も気にせず走り抜け、時に枝を蹴破り。
機動力は正義。強化した足を駆使して、トリアは大亀を置き去りに逃げ、逃げ切った。今までの倍くらいの速度が出ていた。
……うん。最初から足強化すればよかったわ。ケチっても良いことないね。
結果として森迷子にはなったものの、山というのは無限に続くわけではない。
まっすぐ進めばいずれは山の外に出られるだろう。そしてこれが実際のサバイバルであれば迷ってしまいぐるりと回っていつまでも出られない、なんてこともあるだろうが、俺達にはミニマップがあるのでまっすぐ進むこと自体は難しくない。
勿論、この進む先は深淵で更なる強敵が……なんて、そういう可能性が無いわけでもないが。
今のところはあの大亀から逃げられたことに満足し、しばしの休息としよう。




