第90話
SPアイテムに、とあるアイテムがある。
その名も『美味しいステーキ』……そう、『美味しいステーキ』である。
効果はキャラの好感度がアップするだけのものと思っていた。
……だが、それはVRモードであると話が変わってくるのだ。
「……トリアちゃん。ミーティちゃん。ゴメン……俺、『美味しいステーキ』を食べてみたいんだ……!!」
『うん、トリアは精霊様の思う通りにして良いと思ってる』
「あたしも良いと思うよー? 精霊様にご恩返しできるなら、SPいくらでも稼ぐからねっ!」
ふ、2人とも……! ありがとう、ありがとう……!
というわけで。
SP依頼でSPも稼げるようになったのでついに入手してみてしまったのである。『美味しいステーキ』……!
ホームの中。誰も来ないようにしっかり戸締りした部屋のテーブルの上。
俺はインベントリに入ったそのアイテムを取り出した。
テーブルの上、白い皿の上に乗ったステーキは、まるで宝石のようだった。
深い赤色の肉の表面は完璧な焼き加減で、所々にカリッとした焦げ目が施されている。肉汁が表面を濡らし、ソースを浴びて艶めかしく輝いていた。
肉の脂とバターの混じった香りが部屋中に漂い、くぅとお腹が鳴った。
肉厚の塊は、ナイフを入れる前からその重みと迫力で食欲をそそった。
そして皿の上には肉だけではなく、滑らかな白いマッシュポテトとアスパラガスの鮮やかな緑色が添えられて肉を飾る彩りとなっている。
「……これが、『美味しいステーキ』か……!」
「精霊様……ニオイだけでヤバいねこれ……!」
ごくり、と喉を鳴らす。
ペンペンが作ったステーキも良いが、これはこれで別格だ。見ただけで分かる。究極――そう、究極なのだ。これはいずれ将来、ペンペンの料理スキルがMAXになった時に作れるようになるであろうステーキなのかもしれない。
「いざ、実食……! いただきますっ!」
ナイフを走らせると、スパッとステーキが切れる。
ソースをたっぷり絡めて……一切れを、口に運んだ。
「ハッ!?」
「ふはぁ……」
一瞬で意識が飛んだようにすら思えた。皿の上には、何も残っていなかった。
夢中で食べてしまった……記憶がないなんて勿体ないことはしていない。ミーティちゃんに一切れあげたのも覚えている。
たったひと切れ口にしたミーティちゃんが美食に恍惚し、とろりととろけてバブルなスライムと化していた。
「……美味すぎるッ! あまりにも、美味すぎたッ!!」
「あにゃぁ……」
そう、『美味しいステーキ』に恥じない、まるで魂で食べるかのような、美味しすぎるステーキだった。
きっと悪魔が魂をちゅるんと食べるのも、こんな美食に違いない……
『へぁぁ……今精霊様に見せられない顔してると思う……』
光輪として感覚共有していたトリアちゃんの好感度、爆上がりの模様。なんか愛しい気持ちが後頭部の光輪から、トリアちゃんから伝わってきた。
「ぁー……うん、自分達だけで食べて正解だったなぁコレ」
分けて、とか言われてたら殺意沸くレベルで美味しいステーキだった。
この部屋も換気しないでニオイを保存しておきたいレベルだわ……
うん、凄い体験。凄い体験ができた。
SPをかけてまで購入した甲斐があったというものだ。Wikiで書いてるやつもいたが、間違いない、神アイテムだったわ。
それからしばらくリアルに戻らず余韻に浸って、リアルで寝るべき時間になったのでログアウトした。
「……はぁ、まだ余韻残ってるなこれ」
あまりに美味しすぎた。リアルに戻ってきたので空腹になったのだが、それでも何も食べたくないくらいには感動的な味わいだった。
……1日くらい食べなくても死にはしないか。
そう思っていたところに、ピンポンとチャイムが鳴った。ゴトン、と何かが部屋の前に置かれる音。置き配か?
……こんな時間に? 今、深夜1時だぞ。まったく配達業はブラックだな。
そう思いつつ、部屋の前に置かれた荷物を取りに行く。
ダンボールがひとつ。あて先は間違いなくこの部屋で、俺で。
送り主は……『カイト・ア・ルイセ運営』……住所入力した覚えないんだが?
……
ああいや、キャンペーン用に住所登録……してたかも……しれないな?
あれ? してた、っけ? して……してたな! してたわ。
うん、何の不思議もなかった。
そう思いつつ、一体何が送られてきたのだろうと品名を見ると、『食料品:美味しいステーキ』とあった。
へぇ、美味しいステーキかぁ。
「え? お、『美味しいステーキ』だと!?」
ダンボールを開けると、そこには冷凍宅配弁当一食分の紙製パックが入っていた。電子レンジでチンするタイプのやつだった。
ぐぅうぅ、と腹の虫が鳴く。
先ほどの、VRでのステーキを思い出して。
「……いやいや、そんな。そんなまぁ、そんなそんな」
と、とりあえず、食べてみようかなぁ? うん。丁度お腹空いてたし?
俺はパックを電子レンジに入れ、指定のワット数・時間で温めを開始した。もちろん蒸気穴として紙蓋の端っこを少し開けるのも指定の手順通りに。
……そわそわと、電子レンジの前で3分待つ。飲み物を用意していなかったとピッチャーに水を入れ、コップに注いで一口でがぶりと飲み干した。あと1分……
ふわりとバターの香り。そして、ゲーム内でも嗅いだ肉の脂のずっしりとした匂いが電子レンジから漂ってきた。
え、まさか。本当に? 本当に、あのステーキが?
残り時間が待ち遠しい。10、9,8……と数字がまだ数秒分残っているのに扉に手をかけて待つ。3、2、1、今! と、0秒ジャストで開けると、漏れ出ていた分をさらに濃くした芳醇な香りが部屋内に広がった。
ベりべりと弁当の紙蓋を開ける。
そこにはあのステーキが、天然肉の、そのまんまの分厚いステーキが。仕切りに滑らかな白いマッシュポテトと、アスパラガスの鮮やかな緑色があった。
それは正しく、盛り付け以外は完全再現で。
「ハッ!?」
やはり一瞬で意識が飛んだようにすら思えた。紙の弁当箱の中には、何も残っていなかった。
ゲーム内再現完璧すぎる……




