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「エルナ。……王都の馬鹿どもが、最悪の選択をしようとしている」
「……ええ。私も感じます。光が、とても苦しがっているわ」
エルナの表情が、聖女としての厳かなものへと変わる。
彼女の【概念清掃】は、今やこの城を飛び出し、大気そのものとリンクし始めていた。
南から押し寄せる淀みの波が、彼女の磨き上げた「清浄な世界」を汚そうとしている。
「エルナ。私はあのような国、滅びようと知ったことではない。……だが、あの淀みが君の愛するこの地まで汚すというのなら、話は別だ」
アルフレートが立ち上がる。
彼の背後で、城壁に掲げられた青い旗が、激しく風に煽られた。
「……軍を出すのですか?」
「軍ではない。これは『大掃除』だ。……エルナ、君に一つ提案がある」
アルフレートは、エルナの腰を力強く抱き寄せ、彼女の耳元で囁いた。
その声は、震えるほど低く、甘美な独占欲に満ちていた。
「この国そのものを、君のための『箱庭』にしてやろう。君が磨くに相応しくないゴミ(王族)をすべて排除し、この王国のすべてを、君という聖女に捧げる『清浄な楽園』に作り変える。……私と共に、王都へ向かう勇気はあるか?」
エルナは少しだけ驚いたように目を見開いたが、やがて優しく笑った。
彼女の中にも、確かな怒りはあった。
自分が愛し、守り、磨き続けてきた「日常」を、自分勝手な理由で汚そうとする者たちへの、静かな、しかし確かな拒絶。
「ええ、喜んで。……あんなに汚れた王宮、放っておいたら世界の病気になってしまいますもの。……私が、根こそぎ綺麗にして差し上げます」
────
翌朝。
ノルトエンデの領民たちは、奇跡のような光景を目にすることになった。
城門から現れたのは、数千の「輝ける騎士団」
彼らの鎧は、エルナの概念清掃によって常時メンテナンスされており、太陽の光を反射して、周囲を真昼のように照らし出している。
彼らが歩く道は、即座に轍の汚れが消え、草花が生き生きと立ち上がる。
それは「侵攻」というよりは、世界を白く塗り替えていく「聖なる波」のようだった。
その中央。
六頭立ての白い馬車に乗るのは、アルフレートとエルナ。
馬車そのものが一つの巨大な魔導具と化しており、周囲の空気を秒単位で浄化し続けている。
「……見てください、閣下。南の空が、あんなに濁っています」
エルナが指差す先。
王都の方向には、どんよりとした暗雲が渦巻いていた。
それは天候のせいではない。王国が放つ、数百年分の「劣化の呪い」の噴煙だ。
「案ずるな。君が一度クロスを振るえば、あのような雲など一瞬で晴れるだろう。……私はただ、その君の邪魔をするゴミを片付けるだけだ」
アルフレートは、エルナの肩を抱き寄せ、唇を奪った。
騎士たちが見守る中での、公然とした溺愛の誓い。
彼はもう、自分の執着を隠そうともしなかった。
進軍の速度は迅速。
エルナの魔法が摩擦をゼロにまで軽減した馬車と軍は、まさに「光の速さ」で王都へと迫っていた。
────
その頃。
王都サンクチュアリの地下深く。
「ひ……ひひ、で、できたぞ! これだ! これさえあれば!!」
ジュリアンは、眩いばかりの青白い光を放つ『極光の心臓』を、王宮の魔力回路の中枢へと強引に接続した。
「殿下! おやめください! 回路の清掃が追いついていない状態でこれを発動すれば、魔力が逆流して王宮そのものが――!」
魔導技師たちの制止を、ジュリアンは剣で一蹴した。
「うるさい! 光を! もっと光を! この不快な臭いを、カビを、汚れをすべて焼き尽くせ!!」
ジュリアンがレバーを引いた。
――瞬間。
王宮全体が、物理的な衝撃に揺れた。
ドン!!という轟音と共に、王宮の尖塔から巨大な光の柱が天を突いた。
ジュリアンは歓喜に叫び声を上げた。
だが、その歓喜は、一秒と持たなかった。
放たれた光は、王宮を浄化する代わりに、溜まりに溜まった「邪悪な呪いの淀み」と激しく反発し、どす黒い爆発へと変わった。
光で焼き払おうとした汚れが、逆にエネルギーを得て、ドロドロの「瘴気」へと変質し、王宮中に逆流し始めたのだ。
「あ、あ、あああぁぁぁ!!?」
ジュリアンの目の前で、豪華なじゅうたんが、壁が、そして逃げ惑う使用人たちが。
一瞬にして「数百年の時を経た」かのように、ボロボロに朽ち果てていく。
マリアベルがかつて言った「光魔法」の限界。
それは、汚れを「隠す」だけで「消さない」という致命的で脆弱な紛い物の欠陥魔法。
その負債が、今、王国すべての命を担保に請求され始めたのである。
王宮がどす黒い霧に包まれ、悲鳴に満たされる中。
王都の城門に、一筋の「真っ白な光」が到着した。
ノルトエンデの軍勢。
そして、その先頭に立つエルナが、静かに白いクロスを掲げる。
「……随分と、汚してしまいましたね。ジュリアン様」
エルナの声は、王都中の悲鳴をかき消すほどに、澄み渡っていた。




