水原雪乃の場合8
地道にマネキンに下着を着せていく。傍から見たら馬鹿みたいな作業に見えるだろう。でも私はこの時間がけっこう気に入っていた。無機質で固い強化プラスチックの冷たい感触が肌に伝わる。人の温度がないものに下着を着せる。それはとても背徳的で、ある意味では官能的だった。
一体、また一体と新作の下着を着けたマネキンがファッションショーするように並んでいく。下着の見本市。まさにそんな感じだ。まぁ、社外にもプレゼンするので現実的に見本市なのだけれど。
作業中、私はイヤホンで推しの録音を聴きながら作業に没頭した。彼の少し甲高い笑い声が聞こえるたびに口元が緩むのを感じる。
ああ、やっぱり私はこの人の声が好きだ。またグッズを買おう。また配信で課金アイテムを投げよう。そんなことが頭をグルグル回る。
女性用下着と推しの配信。それ以外はない空間。それは私にとってユートピアそのものだ。傍から見たらイタい女がルンルン気分でお人形遊びしてるように見えるかも知れないけれど知ったことではない。
自分でも不思議なのだけれど、デザインよりはプレゼンの準備や会議室の設営の方が私の性には合っている気がする。力仕事だし、地味だし、面倒だけれど私はその方が楽しかった。
五階で行われる華やかな世界。女と表現の花園。正直、あそこは好きではなかった。あの場所では常にオンナであることを強要されるのだ。特に秋川さん……。彼女は極度の……。何というか、フェにニストだ。私が最も苦手な人種。この世の男性を廃絶したがる存在なのだと思う。
きっと彼女が私を毛嫌いする理由もそこにあるのだと思う。思い返せばそんな節があった――。
プレゼンの準備を終えて五階に戻って秋川さんに声を掛けた。
「秋川さん、プレゼンの準備終わりました」
「あ、はいはい。ありがと」
そう言うと彼女は興味なさげに私から企画資料を受け取った。
「そうしたら水原さん。ちょっとおつかい頼んでもいい? 印刷屋に届けて欲しいものがあるの! 届けたら直帰でいいから」
「はい! 分かりました」
ああ、直帰か。良かった。素直にそう思った。これで早めに帰れる。
帰りにまたラッコさんのところへ行こう。今日はホタテが良い。新鮮な殻付きホタテが。




