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それぞれの戦い(エーゼル) 30

泥の壁を突破した矢に対して、レイシィは咄嗟に魔力障壁を展開する。


当然、1枚ではない。


6重の魔力障壁。


だが、エーゼルの放った矢は障壁突破専用の強化が施されている。


時間を掛けて準備した泥の障壁すらも突破したのだ。


咄嗟に張った障壁など簡単に砕いて突破できて当然だ。


その矢は現段階で防ぎ切れるものではないと本能的にレイシィは悟った。


故に覚悟を決めた。


手の存在しない左腕を胸の前、矢が向かう先へと掲げる。


ドッ……!


腕の先端近く、肘の辺りに矢が突き刺さる。


「グッ……!!」


激しく回転する穿孔の矢の激痛にレイシィは呻く。


だが、このままでは肘の骨すらも突き抜けて胸を穿つのは必至。


だから、無理矢理腕を動かした。


何とか矢が突き刺さっている間に。


ドス!


腕の動きによって軌道を変えられた矢はレイシィの横腹を貫いた。


「ハァハァ……凄く……痛い……!でも、これで私の勝ち……」


周囲の木々という足場を失ったエーゼルは『深淵なる泥濘』の泥沼に沈むしかない。


だが、苦しませずにその命を絶つ為にレイシィは残った穴の開いた泥の塊から自由落下中のエーゼルへと向けて触手を放つ。


ドッ……!


細長い何かが肉を貫く音がした。


「え……?」


レイシィの口から理解不能と感じさせる声が零れた。


レイシィの視界の先には


「悪いが我の勝ちだ」


と真剣な面持ちで告げるエーゼルが居た。


エーゼルの前まで迫っていた泥の槍が制御を失って崩れ落ちる。


魔力供給を失って『深淵なる泥濘』の泥沼が解除されたのも同時だ。


次にレイシィは自らの左の鎖骨の辺りに視線を向ける。


そこには1本の矢がほぼ垂直に突き立っていた。


「何で……?」


「レイシィ、あなたがやった事と同じだ。分かり易い脅威を囮にした」


先程までの攻撃は全て囮だ。


それでケリが付けば御の字という程度であった。


だが、囮とはいえ本気ではあった。


極限まで泥を削り取り、堅い防御壁を突破する。


最低でもそこまでしなければならなかった。


本命は最期に放った3本の穿孔の矢に紛れて放っておいた1本。


風の精霊に矢の周りの空気を歪ませて透明化させていたそれを上方へと放ち、曲射軌道で射抜いたのだ。


その本命に気付かれない為にもレイシィには危機を感じさせなければならなかったのだ。


ちなみに、牽制で放った矢にも魔力が込められており、泥の塊に飲まれた後、破裂の矢の4本同時起爆の際に誘爆する事で表層の泥を吹き飛ばすのを補助していた。


更に言えば、足止めの為に使った重圧の風は透明化させた矢を加速させる為の術でもあった。


レイシィが騎士達を囮として里に近付いたように、エーゼルも大量の矢を囮にしていたのだ。


エーゼルの本命の矢は思惑通りレイシィの体に深々と突き刺さっていた。


矢の先端が心臓まで到達していると思われる深さだった。


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