それぞれの戦い(エーゼル) 15
魔力が少なくなってきた頃合いを見計らって、エーゼルはあるものを手に取る。
腰のベルトに下げた小さな籠。
それは虫系統の魔物の嫌がる臭いを発するお香が入っていた籠だ。
既に使用済みなので香は既に無い。
エーゼルは籠の蓋を開いて、精霊達が起こす風の中へと放り投げる。
籠の中には香が燃え尽きた後に残った灰がたっぷりと入っており、蓋が空いているので当然それは激流と言って過言では無い風の中に放りこまれれば、軽い灰はふわりと舞い上がり、風に乗って流されていく。
「目が!!目がァァァッ!!?」
「ペッ、ペッ!!口の中がジャリジャリする!」
「ブェックショッ!!鼻が!ムズ痒い!」
その風の先には当然騎士達が居て、目、鼻、口といった局部に灰が侵入し、何かしらの不快感を与える事に成功していた。
「貴様らはそうして虫ケラの如く這いずり回るのがお似合いだ」
ついでとばかりに挑発しつつ、足で土を蹴り上げて、これも風に乗せて吹き散らす。
「こんの、クソガキが……!」
「ハッ……」
敵意を一斉に向けられるのを感じ取ったエーゼルは、無様な姿を曝している騎士達を鼻で笑ってやって、撤退を開始した。
灰と土による嫌がらせを受けた騎士達は立ち直るのに1~2分程の時間を要した。
魔力が限界に近い中、エーゼルが稼いだ貴重な逃走時間である。
「クソが!あのガキを追うぞ!!あの生意気なハイエルフだけは逃がす訳にはいかねえ!」
その指示はこれまで散々嫌がらせをされて募った個人的な憤りの感情でもあったし、商品価値的に逃してよい相手では無いという損得勘定でもあった。
立ち直った騎士達は全速力で駆け出す。
純粋なステータスによる速度ではエーゼルの方が高いのだが、騎士達は身体強化による加速を行っており、その移動速度はエーゼルを越えていて段々と距離が狭まっていた。
エーゼルは既に魔力を身体強化に回せない程に消耗していた。
(さて、どこまで逃げ切れるか)
いずれ追い付かれるのは間違いないのだが、可能な限り時間を稼ぎたいエーゼルは狭い獣道を選んで駆け抜ける。
森の中と言うのは大人数がまとまって走れるようにはできていない。
当然騎士達はある程度散らばって移動する事を強制される。
エーゼルを追って狭い獣道へと入ってしまえば、味方によって移動を阻害されるという事態が発生する。
それを狙っていたエーゼルは矢を放つ。
「こんなもの喰らうか!」
バシッ!
先頭に居た騎士の顔面目掛けて放たれた矢は軽々と切り落とされる。
しかし、矢の影……
しかも、藪を掠める様にして放たれていた2本目の矢が先頭に居た騎士の足首を貫いた。
1本目の矢は注意を引き付ける為の囮。
本命は藪をブラインドにして放たれた2本目の矢の方であった。
「……ッうぐ!」
足首を射抜かれた騎士は転倒し、その騎士に躓いてしまい後ろに居た騎士達数名も転倒する。
後ろから押されている状態だったので回避できなかったのだ。
「うわッ!?おい、チョッ、待……」
そして、カルディア傭兵国という国には仲間を大切にすると言う精神は基本的に存在しないので、転倒した騎士達は全員後ろから来ていた騎士達全員に容赦なく踏みつけにされて息絶えた。
エーゼルは森という地形を利用して敵の数を削ぎつつ、逃げて時間を稼ぐ事に徹底していた。
(マズイな。敵が予想よりも速い。このままでは想定よりも早く敵に捕まってしまう。何か、何か手は無いか……)
そう思って、頭を悩ませていた時であった。
ドバンッ!!
背後から爆ぜるような音の後にバキバキと生木の折れる音とドスンと大きな物が落ちた音がした。
何事かと思い、走りながら首だけ振り返る数本の木々が先程駆け抜けた道に倒れていた。
流石にその突然の事態の前には、エーゼルを追っていた騎士達も一斉に足を止めていた。
「グルォォォオオオオッッ!!!」
獣道の横合いから、道の上に倒れる木々の前へと黒く巨大な何かが空気を激震させる咆哮と共に現れた。




