それぞれの戦い(エーゼル) 16
その大きな黒い存在が何かなどエーゼルには一目で分かった。
分からない筈がない。
ゴドリックだ。
ゴドリックは騎士達の前に立憚るとその手に握った杖を振るって叩き潰していく。
ゴドリックはエーゼルを見向きもしないし、何も言わなかっただが、その大きな背中がただ『行け』と語っていた。
今は狭い獣道で戦っているから身体能力に優れるゴドリックが優勢であるが、少しでも開けた道に出れば囲まれて劣勢になるのは確実だ。
戦っている本人もそれは分かっているのだろうが、止まる様子は一切無い。
『手前に何があっても気にするな』
別れる前に告げられた言葉がエーゼルの頭の中を過ぎる。
「くっ……」
(済まない)
口の端から血が滲むほどに強く噛み締めてエーゼルは心の中で謝罪してその場から全力で離脱する。
そんな彼の背中を押すようにゴドリックの咆哮が響いていた。
ゴドリックの稼いだ時間と決死の覚悟を無駄にしない為にもエーゼルはひた走った。
エーゼルにとって不運だったのは、逃げている最中に計算違いな出来事が発生したという事であろう。
エーゼルが北上していると、目の前に集団が見えた。
それは騎士達ではなく、一番最初に撤退したエルフ達の集団であった。
「お前達、何故こんな所に居る!?」
当然の疑問をエーゼルはぶつけた。
「済まないエーゼル。西は強い魔物達の巣窟になっていて私達では突破できなかったのだ」
声を荒げるエーゼルに申し訳なさそうに答えたのは里長だ。
「北には行けなかったのか?」
北側なら自身の手で既に騎士達を蹴散らしたので脅威は無い筈だと思っていたが故の問いだ。
「北もお主が倒した騎士達の血の臭いに引かれて大型の魔物が集まって来ていた。こちらも我々では突破は無理だと判断した故に一度里まで退く事にしたのだ」
「チッ……!」
どうしようもない状況にエーゼルは大きく舌打ちする。
まさか自分のせいで里長達の撤退を妨げてしまっていたと分かり、自身に対する苛立ちも感じずにはいられなかった。
だが、状況的に死体の処理をしている時間など無く、エーゼルは最善を尽くしていたのは間違いない。
言っても仕方の無い事だと分かっていても苛立ってしまうのを止められなかった。
だが、一番の問題はエルフ達が全員里に戻ってきている事であった。
(先程までは里の戦闘員、我、里長達の3方向に所在が散っていたからこそ、敵の分断と撃破を望めたが、里に全員居るとなると、我が1人で逃げても大した成果を得られん)
トータルの価値で鑑みれば200人を超えるエルフの集団の方がエーゼル1人よりも価値があるので敵の主力は里の方に集中するだろうと判断できた。
「急ぎ里まで撤退し、防備を固める」
となれば、防衛戦をするしかないとエーゼルは判断した。
「それしかないだろう。度重なる移動で殆どの者達の体力が底尽きかけている」
移動も困難となれば尚更だ。
最低でも体力を回復できるだけの時間を稼がねばならない。
「それでも走って貰う。我を追って来ている騎士達が迫ってきているのだ」
ゴドリックが道を塞いでくれたので大きな迂回を余儀なくされた筈。
多少の時間はあるだろうが、余裕があるとは決して言えないだろうとエーゼルは予想していた。
「皆の者、聞いての通りだ。捕まりたくなければ里まで走れ!」
里長の指示に従い全員が疲労困憊の状態の中で気力を振り絞って懸命に走る。
「我が先行し、露払いをしておく。里長は皆を頼む」
エーゼルはそう言って颯爽と駆け出す。
戦闘力に乏しい彼らの道を確保する必要があるのも確かだが、先に里に戻ったであろう狩猟部と警備部の者達にも状況を伝えねばならないという意味もあっての行動であった。
(全く、ままならぬ事ばかりだ)
エーゼルの舌打ちが森の中に溶ける様に消える。




