エルフ達の遭遇
エーゼル達の決死の行動で騎士達から逃れた非戦闘員のエルフ達であったが、逃げている最中に問題と遭遇してしまっていた。
「グルォ……」
2m以上の巨体を有する真っ赤な体毛に覆われた熊がエルフ達の行く先に立ち塞がっていた。
血のように赤い体色から鮮血熊と呼ばれている、森の中では上位の強さを有する魔物だ。
狩猟部のベテラン達が5~10人掛かりで仕留めるような相手であり、撤退組の護衛に回された狩猟部と警備部の若手の達では全員で挑んでも仕留められるかどうか分からない相手であった。
そして、頼りになるベテラン達は今この場にはいない。
今はエルフ達の人数が多い事もあって鮮血熊は警戒して様子を窺っているが、いつ襲って来るか分からない。
そんな緊迫した状況だ。
(こちらは一刻も早くあの騎士達から距離を置きたいと言うのに!)
だが、焦って攻撃したら目の前の鮮血熊は間違いなく暴れるだろう。
そうなればどれだけの被害が出るか予想がつかない。
「(おい、呼吸を合わせて一気に仕掛けるぞ。最悪、俺達であの魔物を足止めするしかない)」
同僚に小声で伝達されて、鮮血熊の正面に立って非戦闘員を守る戦闘員の若手たちは息を飲む。
ここで立ち止まっている時間が無いのも確かな事実であった。
ベテラン達とエーゼルが今も必死に足止めをしているのだ。
「(怖いのは俺も同じだ。皆、覚悟を決めてくれ)」
同僚の男の顔にはびっしりと冷や汗が浮かんでいた。
同僚の恐怖を抱きながらも目の前の恐怖に立ち向かう姿を見て、他の面々も覚悟を決めたようだった。
そして、全員で攻撃を仕掛けようとした矢先であった。
「ゴオオオォォォォォォォッッッ!!!」
横合いの少し離れた場所から地獄の底から響いてくるような重く低い雄叫びが轟いた。
聞いた者の背筋を震わせる大きな声にエルフ達全員どころか鮮血熊さえも『ビクリ』と肩を震わせて音の発生源を見た。
目を向けたその先には黒く巨大な何かが森を駆けているのが見えた。
鮮血熊よりも大きい3mを超す巨体の黒いオークが藪を踏み潰しながら『ズドドドドド!!』と地面を激しく揺らしながら向かって来るではないか。
そのオークは強い殺気を放っており、殺気に曝されることになれていない非戦闘員の全員が恐怖で足が竦み上がってしまう程であった。
圧倒的な殺気に反応した鮮血熊が真っ直ぐにそのオークへと向かい腕を振り上げて殴り掛かった。
戦闘員の若手達は『共倒れになってくれ』と無意識に願った。
だが、そうはならなかった。
パンッ!
その黒いオークは鮮血熊が振るった腕を事もなげに軽く自らの腕で払い……
ゴッ!!
逆側の手で鮮血熊の鼻面を殴り飛ばしていた。
その拳の威力は重量級の鮮血熊が仰向けに倒れる程であり、エルフ達には想像もつかないような威力である事だけは分かった。
そして、そのオークは背中に差していた棒をサッと手に取って、上から下へと真っ直ぐに振り下ろすのが見えた。
ゴシャッ……!!
それは慌てて身を起こす鮮血熊の脳天に直撃し、一撃で鮮血熊の頭蓋骨を粉砕して頭を叩き潰す。
それは見ていたエルフ達にとって信じられない光景であった。
鮮血熊は近隣において最も力と耐久に優れる魔物で、特に頭部の固さは異常の一言に尽き、ベテラン達の魔力で強化した矢さえも跳ね返す程というのは有名であったからだ。
それが目の前で頭が原型を留めない程に叩き潰させる光景は驚愕の一言に尽きた。
(い、今から我々はアレと戦わなければならないと言うのか……!)
戦闘員の若手達は鮮血熊すら歯牙にもかけない圧倒的な脅威を前に足が震えてしまうのを禁じ得なかった。
だが、それは無用な心配に終わる。
そのオークはエルフ達を一瞥すると『ズドドドドド……』と地面を激しく揺らしながら走り去って行った。
「見逃して貰えたのか……?」
遠ざかる脅威を見て、狩猟部と警備部の若手の面々は安堵から思わずその場に膝を着いてしまっていた。
「というか、何だったんだアレは!?」
「異様に大きかったが本当にアレはオークなのか!?」
「あんなのがこの森に居るなんて聞いた事ないぞ!」
当然、残された護衛の若手達は見事に困惑していた。
「ね、ねぇ、あのオーク、エーゼル様達が居る方向に向かったんだけど……?」
『!!!?』
若手達の後ろに居た神殿部に所属する女性の言葉を聞いて、若手達の間に動揺が走る。
「どどど、どうする!?」
「いくらエーゼル様達であってもアレとあの騎士達に挟撃されたらひとたまりも無いぞ!?」
「と言っても、俺達じゃ足止めすら出来ないぞ!見ただろ、鮮血熊を一蹴するような相手だぞ!?」
このような状況に慣れていない若手達は混乱していた。
「落ち着くのだ!」
すると、奥の方から聞き慣れた声……
里長の声が響き、若手達はピタリと口を止める。
「我々は先に進むしかあるまい。どのみちあんな化物の相手は我々には無理だ」
それは正に事実であった。
「エーゼル達の覚悟を無為にしない為にも我々は進まねばならぬ」
「しかし里長、あの化物がエーゼル様達に襲い掛からないという保証は無いのですぞ」
「分かってはいるが、我々に何が出来ると言うのだ?」
「うっ……」
里長の言葉に狩猟部所属の若手の1人は言葉を詰まらせてしまう。
「父さま、一度里まで引き返しましょう」
「どうしたと言うのだ、ペレサ」
「精霊を飛ばして確認してみたのですが、ここより西は森の中でも強い魔物達の巣窟になっているようなのです。戦う術を持たない私達では突破できないでしょう」
それはこのまま先に向かってもむざむざ魔物達の餌になりに行くのと同義であった。
「北に向かうのはどうだ?」
「北もダメです。恐らくエーゼル様が倒したであろう騎士達の死体の血の臭いに引かれて大型の魔物達が集まって来ています。ここに留まっていても我々の臭いを嗅ぎつけた魔物達が集まって来るでしょう」
南には騎士達が居るので当然そちらには向かえない。
「ぐぅ……仕方あるまい、一度里に戻りそのまま東に向かう」
民を守るために里長は判断を下した。
最悪、里まで戻ればバリケードを作成して籠城も出来ると判断した故であった。




