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遠くの悪意と近くの悪意

シュラ達からカルディア傭兵国の手口を聞いたエーゼルは全速力で一度里へと戻った。


勿論、装備を整える為だ。


里に火を放つにしても数人ということは有り得ないだろうと予測したエーゼルは先ず十分な量の矢を確保することにした。


魔術的に魔力を矢にするという手段も使えなくはないが、隠密性が著しく低下する上に消耗が激しくなるので可能な限りそれは避けたい所であった。


ハイエルフであり一般的なエルフと比べるとかなり身体能力が高いとは言っても、エーゼルは年若い子供であった。


接近戦では間違いなく分が悪い。


真正面からの戦闘は避けて、弓矢による奇襲と暗殺を繰り返して可能な限り相手に気取られないように数を減らす腹積もりだ。


エルフの古典的な戦法ではあるが、森の中のエルフの隠密性と弓の技量を考えれば一番有用な戦法なのでそれを選択するしか道は無かった。


(どこまでやれるかは分からないが……やるしかあるまい)


この非常事態を里の者に伝えるにしても証拠が無くては始まらない。


だが、その証拠を持ち帰る間に向こうが動かないとも限らない。


であれば、自身の手で削れるだけ削った方が良い。


エーゼルはそれを誰よりも理解していた。


「良し」


エーゼルは手早く準備を済ませると家から飛び出る。


「エーゼル様?」


家から出た時、婚約者であるペレサと出くわしてしまった。


(チッ……!時間が無いというのに!)


声には出さなかったが、エーゼルは内心で激しく舌打ちする。


「あの……エーゼル様、その格好は一体?何かあったのですか?」


「何でも無い。気にするな」


「流石にそれは説得力がありませんよ?」


これでもかという程に矢筒と矢を背負っているので当然であった。


「少々厄介な魔物が近付いて来ているのでその対処に向かうだけだ」


「エーゼル様御1人でですか?誰か里の者を呼んだ方が……」


「それには及ばん。多少持久戦になる事が予想されるから矢を多めに持っていくだけで、我1人でも十分に対処できる相手だ。それに明日の準備で手の空いている者もおるまい」


「それはそうかもしれませんが……」


「悪いが時間が無い。我は行く」


「あっ!エーゼル様!?」


ペレサが止める間もなく、エーゼルはその場から走り去った。


「もう、エーゼル様はいつもああなんですから……」


エーゼルの背を見送ったペレサは呆れたように溢す。


そして……


「里の者は明日の準備に掛かり切り。エーゼル様は魔物討伐に向かわれた……これは思っていた以上に好機なのかもしれませんわね」


その場に1人残されたペレサはニヤリと他人に見られようものなら怖気の奔る笑みを浮かべて誰に聞かせるでも無く呟いていた。


遠くの大きな悪意を気にするあまり、エーゼルは近くにある小さな悪意を見落としてしまっていた。


エーゼルがそれを後悔することになるのはそう遠くない事なのであった。


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