廣瀬さんの瞳の中にあるもの(まみ目線)
花南と黒澤くんのギクシャクした関係がどうしても気になって、藤崎君と秋月君に相談したら今は見守っていた方がいいと言う。あれから数週間が経った。
「うーん、やっぱり仕事中は喋らないかぁ」
仕事中の様子を見れば何か原因がわかるかと、退社前システム部に寄ってみたのだが、どうやら仕事に関係あるわけじゃなさそうだ。何が原因で二人はあんな変な空気を醸し出しているんだろう?
「う~ん、見た目は何でもないんだけどねぇ」
(あっ、課長さんだ!)
つい課長さんの動きを目で追ってしまう。あの優しい笑顔と穏やかな話し方が好き、大好き。でも妻子持ちだからこれ以上好きになっちゃダメ、分かってるよ……いけない想いだと十分わかってるよ。
(見てるだけだもん、好きになって欲しいなんて思ってない)
花南たちを見て眉間にシワを寄せ「う~ん」と唸り、課長さんを見てほわわん幸せ気分になったり、切なくなったり、乙女心はとっても複雑で忙しい。
(大好きです……あなたに家庭がなければいいのに……)
胸がキュッと痛んだその時だった。
「通路のど真ん中で百面相してんじゃねぇよ」
「えっ!?」
少しイラついた声と同時に私の頭の上に手が伸びてきて、髪の毛をクシャクシャっとされた。突然の出来事に戸惑いながら振り向くと、そこにいたのは?
「なっ、何するんですか!って……」
(げーっ!廣瀬リーダーだ、この人苦手なんだよね)
「通路のど真ん中でフリーズされてちゃ邪魔なんだけど?」
「ごめんなさい」
(ど真ん中って……)
右横は壁だけど左側は机との間が十分あり余裕で通り抜けられるし、廣瀬さんのデスクはココ通らなくてもアッチから行った方が近いじゃない?なにもワザワザ私を邪魔扱いするココを通らなきゃいいじゃない?とは思ったけど、この人怖いから逆らうのはやめた。
「なに眉間にシワ寄せて唸ってんだよ」
「べ、別に唸っていたわけじゃ……」
クシャクシャにされた髪の毛を手で撫でながら顔をあげると、私の顔を覗き込むように少しだけかがんだ姿勢の廣瀬さんと思いっきり至近距離で見つめ合ってしまった。
(ち、ちかっ!!)
目の前に廣瀬さんの顔がある。その綺麗な整った顔立ちの中にある優しく輝く瞳に思わず吸い寄せられた私は、びっくりするより不思議な魔法にかけられた子猫ちゃん状態。
(綺麗な瞳だなぁ……)
人間の瞳ってこんなに澄んでいるんだ。深い深い海の底のような、遠い遠い星々が輝く宇宙のような、なんとも表現しがたい。
(なにか映ってる?)
その綺麗な瞳の中心にキラキラ輝く何かが映し出されていた。何だろう?さらに顔を近づけようと思わず廣瀬さんの身体に寄りかかると、ビリビリッ!と静電気のような鈍い痛みが身体を駆け巡り、一瞬ほんの一瞬だけ異空間に飛ばされた気がした。
「!!」
濃い霧の中に誰かいる……でも視線を感じるだけ。廣瀬さんと同じような深い色の瞳が遠くから私を鋭く見つめているのを感じる。あれはなに?誰?
「おい、どうした?」
優しい声が頭の上にふわりと落ちてきて温かな何かに全身が包まれると、目の前の濃い霧がサーッとなくなった。
「……」
「大丈夫か?」
気付くと、廣瀬さんに寄りかかり抱きかかえられるような姿勢でいる。
「すっ、すいません!大丈夫ですっ」
慌てて廣瀬さんから距離をとりペコペコ頭を下げると、廣瀬さんはホッとしたように優しく微笑んでくれた。
(えぇーっ!廣瀬さんってこんな顔もするんだ!初めて見た!)
「なんだよ……」
あまりにもびっくりして、あり得ないだろ!オーラ全開の顔で見つめていたからか?とっても不機嫌そうなお声。
「い、いえっ!ほんとすみませんでしたっ、失礼しますっ」
慌ててそこから立ち去ろうとする私の頭をポンポンと叩きながら、廣瀬さんは「ちょっとついて来い」と言って歩き出す。
「えっ?」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
連れてこられたのは社内にあるカフェスペース。
「適当な所に座ってろ」
人も少なく知った顔もいなかったけど、私は奥の方の大きな観葉植物の影を指さした。
「えっと……あそこに座ります」
「あぁ、待ってろ」
こんなとこに連れてこられちゃったけど……
あれか?通路で廣瀬さんのお通りを邪魔したからお怒りなのか?
もしくは、悪意はなかったとしても抱きついちゃったから?
「まさかっ!お触り代金とられるとか!」
うっわー!まずい!給料日前だからお財布にお金そんな入ってないよー!
などなど頭を抱えてパニック状態。
「お前なにしてんの?」
「えっ、あっ!その今日はあまりお金もってないなーとか?」
「はぁ?」
「えっと……その、あの……お触り代が、その」
「なに訳わかんねぇこと言ってんだ、ほらコレ飲んで少し落ち着け」
4人掛けの丸いテーブル、廣瀬さんは私の前ではなく横に座り、ホカホカと湯気の立ったミルクティーを差し出した。
「ありがとうございます」
コクコク……はふぅ~、美味しい。
「自販機のミルクティーに、そんな満面の笑み浮かべるヤツ初めて見た」
「このメーカーのミルクティーは美味しいんですよ、そこらの味とは違うんですっ」
カップを得意げにかざしてドヤ顔の私を少し呆れたような顔でじっと見つめていたかと思ったら、ふっと安心したような小さな溜息をついて、そしてとても優しい顔に変わった。
「その元気なら大丈夫そうだな」
「えっ?」
「一瞬気を失っただろ?」
そっか!あの時、私は気を失ったのか。と言うことは?もしかして、もしかしなくても、私を心配してココに連れて来てくれた?
(ええぇー!あの廣瀬さんが?鬼のリーダーが!?)
「お前、百面相が特技なのか?」
クスクス笑いながら私をのぞき込むその瞳の中に……まただ、またあのキラキラした何かが映っている。
「ちょっと失礼します」
その光る物体が何なのか?どうにも我慢できなくなった私は、自分の人差し指と親指を廣瀬さんの瞼に合わせて、ぐいいーんと引っ張り瞳の中を覗いた。
「なっ、なにすんだ!」
「あれ?消えちゃった」
「何なんだお前は……」
私はさっき起きた出来事を話した。気を失ったように見えたかも知れないけど実は違うこと、廣瀬さんの瞳の中に何かがある事。
「んなわけねぇーだろ!そんなもんがあったらまず俺自身が気付くだろ」
「ですよねぇ……」
「つーか、この俺の目ん玉を許可なくいじくるとは、お前大した度胸だな」
「度胸というより好奇心?わからない事や疑問に思った事をそのままにしてはいけないって研修でも言われましたし」
「……」
「でも何なんでしょう、本当に不思議です」
「俺はお前の思考回路の方が不思議だよ」
「未知の生物みたいな言い方して……もぅ!」
「違うのか?」
ぷっ!あははは!
二人で声をあげて笑いだした。
いつも凛としたオーラで誰もそばに寄せ付けず、鋭い目つきで睨んだだけで敵を倒してしまう様な怖い人、そんなイメージの廣瀬さんだったけど。いま私の目の前で笑っている廣瀬さんは、とても優しい顔をしていた。
「お前さぁ、目を開けたまま意識飛ばすの他でやるんじゃねぇぞ?妖怪と間違えられるからな」
「なっ!」
「おもれぇ顔だったぜ?」
本当は凄く優しい人なのかも?なぁーんてチラッとでも思った私が間違っていた!




