スカイプデート 藤咲くんの遠距離恋愛(藤咲目線)
「お疲れ~」「どこに飲み行く?」という声がフロアに飛び交う金曜の就業後、帰り支度を始めていた僕の所にまみさんが少し困った顔をしてやってきた。
「藤咲君、今夜予定ある?」
「特にないですよ、何かありましたか?」
どうやら秋月君と僕に花南さんの事で相談したいことがあるらしい。まみさんの帰り支度を待つ間スマホをチェックすると、いつものように柚羽から可愛いスタンプと共に労いのラインが入っている。
『一日お仕事おつかれさまでした♥寄り道してもいいけど無事に帰宅してね』
柚羽とは北海道と東京で遠距離恋愛中。泣き虫なくせに強がりで誰よりも僕を愛してくれる大切な女の子だ。なぜ強がりかって?寄り道してもいいけど「浮気しないでね?」「女の子と飲みに行かないでね?」このふたつの感情を隠して可愛いスタンプでいつも自分のクスンとした心を隠して強がるから。そんなの僕にはお見通しなんだよね。
『智くんを信じてる心とヤキモチしちゃう心はべつなの、ごめんなさい……』彼女はたまにこんな可愛い事を言ってくる。大丈夫それもちゃんと僕はわかっているよ。
『柚羽もお仕事お疲れ。これから同僚と少し飲んでくるね』
すぐに既読がつき『はーい♪楽しんできてね』ちゅっ♪と可愛いキスのスタンプ。まみさんも同僚には違いない嘘はついていないが、ここでわざわざ女の子も一緒という必要はないので敢えて僕はぎゅっと抱きしめてキスをしているスタンプを送り返しただけに止める。
またすぐに既読がつき、だーい好き♡とスタンプでの返答。これをやりだすとキリがないので僕はスマホをバックに閉まった。柚羽は僕が帰宅するまでスマホを握りしめているんだろう、それがよくわかっている。お詫びに今夜はスカイプでたっぷり愛してあげよう……
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
まみさんはGWで迷子になった本当の理由を僕たちに話してくれた。そしてこのところ黒澤君と花南さんの様子が少し変だと言う。
「まぁな~黒澤が花南に何かしらの好意を持ってるのは俺らも気付いてたけどよぉ」
「特にあの旅行の後から、黒澤君の花南さんを見る目が一層優しい感じになりましたからね」
「やっぱりー!花南も気付いてると思うんだよね?でもさぁ」
花南さんは黒澤君の事は仲間として見ていて友情以外の感情はないと言い切っているらしい。それならそれでどうこうしても仕方ないので見守っていくつもりでいたらしいが、ここにきてどうやら二人の関係がかなりギクシャクしているのを感じているのだそうだ。
「喧嘩してる感じでもないの」
「喧嘩の場合、黒澤君に勝ち目はないですから違うでしょうね」
「あははっ!そうだな!ってことはやっぱ何かあったんじゃねぇの?」
「聞いても花南は何も答えてくれないの、でも何か無理してる気がするんだ……」
花南さんだけでなく黒澤君も無理をしている。そんな風に感じるんだとまみさんはとても心配そうだった。
「お二人とも話をしない状態なのですか?」
「ううん、見た目は全然変わらない。だから誰も気付いてないと思う。けど私こういうアンテナだけは鋭いんだよねぇ」
「食い物以外のアンテナもあるのか?そりゃびっくりだな」
ひどーい!とまみさんが秋月君の首を締めあげている。こんな風に楽しくやり合える仲間が何か辛い思いをしているなら助けてあげたいとは思うけど……
「今回の事はまだ僕達から何も触れず、見守っているだけの方がいいような気がします」
「でも……」
「まみさんのお優しい気持ちもよくわかりますが、お二人ともまだ自分の気持ちが整理できていない状況なのではないでしょうか?」
「俺も藤咲の意見に賛成だな。二人が喧嘩状態になってるなら別だけど今はそっとしておいた方がいい」
まみさんは二人がそう言うならと納得したようだ。僕の予想が当たっていれば黒澤君は花南さんに友情以上の気持ちがあるのだろう、そして花南さんも黒澤君の気持ちに気付いているが杏ちゃんと桃ちゃんのことが頭にあり、自分でもどうしていいか分からないでいると言ったところだろうな。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
二人と別れ電車に乗る前に僕は柚羽にラインを送った。『今から帰るよ』あれ?既読にならない……そっかこの時間はお風呂に入っているのか。毎日当たり前のように互いの行動や気持ちを送り合っているので、だいたい柚羽がいま何をしているのかわかる。
本社勤務が決まって柚羽を北海道に残し上京したばかりの頃、僕は社会人としての生活に慣れるのが精いっぱいで柚羽の気持ちも何も考えてやれなかった。長い付き合いだし何も言わなくても彼女は分かってくれると言う安心感だったのだが。ある日、大泣きされたんだ。僕の事は信じてる、だけど信じる事と不安になる心は別なのだと。
『智くんが何をしているのか何も見えない。いつ起きていつ寝ているのかさえもわからない。既読スルーが嫌なんじゃない、いつもラインしてと言ってるわけじゃない、私は……私は……』
寂しくて辛い心をギリギリ我慢していたのだろう、柚羽は泣いて泣いて、それでも僕を責めたりしなかった。置いてきた柚羽がどれだけ不安な心を隠し寂しい想いを我慢していたのか、僕はあの時やっと気づいたんだ。帰宅したらスカイプ繋いで柚羽の笑顔がみたいな……僕は少しだけほろ酔い気分で帰宅を急いだ。
『ただいま、スカイプ繋いだよ』
すぐにパソコンからピコピコ♪とスカイプの着信音が鳴る。帰宅して互いに時間がある時はラインや電話ではなくちゃんと顔を見て話をする。明日は僕も柚羽も休みなので今夜はスカイプデートだと分かっていたのだろう。
『智くん♪おかえりー!』
お風呂上がりの少し色っぽい柚羽が笑顔で出迎えてくれた。それだけで僕は疲れが吹っ飛んでしまう。いつでもどんな時でも柚羽の笑顔を見れば元気がでるんだ。
『今日ねとっても可愛いワンピースを見つけたの、智くん好みだったから買っちゃった♪』
『ありがとう、どんなやつなのかな?』
『花柄でふんわりした感じ』
柚羽は僕が何を望んでいるのかちゃんとわかっている。ちょっと待っててね♪と言ってそのワンピースを着てカメラの前に立ってくれた。
『うん可愛い、柚羽にとてもよく似合っているよ』
『智くんこういうの好きだから……ちょっとミニだけど頑張っちゃった』
恥ずかしそうにモジモジしている姿が可愛くて抱きしめたくなってしまう。柚羽の可愛い笑い声がPCから聞こえてくる、愛おしくて僕は画面にそっと手を伸ばし顔を撫でた。
『柚羽……』
指先に彼女の温かで柔らかい肌の感触がよみがえるが、どんなに触っても本当の温かさじゃない、それでも僕は柚羽の顔を撫で続けた。
『智くん……』
『来月の三連休で帰るからね?』
北海道と東京なんて飛行機を使えばそんなに遠い距離じゃない、連休のたびに帰って抱きしめてやりたいと思う。だけどまだ新入社員の給料で奨学金も返しながらの一人暮らしでは無理なことだった。彼女もそれはよく理解しているので会いたいって我儘は言わない。それがわかっているから余計に辛い。
『ほんと!?嬉しい!』
『うん、お土産いっぱい持って帰るから楽しみにしていて?』
『智くんがいれば他は何もいらない』
柚羽は会えるまでの日々が楽しみだと言う。この日に会えるんだってわかっているのと、いつ会えるかわからないのとでは気持ちが全然違うらしい。
『そういうものなの?女の子の気持ちは複雑なんだね』
そういって微笑んだ僕にちょっとだけプーッと頬を膨らませている姿がまた愛おしい。互いの笑顔を見ながら話をしている時に僕らは『会いたい』って言葉を言わない。言えば柚羽は泣き出してしまうし、抱きしめてやることが出来ない僕は辛くなる。それがわかっているから僕らはスカイプでデートしている時は笑い合うんだ。
会いたい、会いたい、会いたい。
柚羽?体が震えるほど、泣きたくなるほど、僕は君に会いたいよ……




