黒澤には関係ないでしょ!
『GW森の中探検ツアー』から数か月が経った。新入社員という特別な扱いもなくなり、私も黒澤も『廣瀬んとこのヒヨッコ』という格付けを与えてもらえるまでになった。少しずつではあるが任せてもらえる部分の幅もひろがってきて、私は仕事に遣り甲斐を感じ始めていたのだったが……
「明後日までにはココまであげろと俺は言ったはずだが?」
「はい……」
自分のミスで工程通りのプログラムができあがっていない。仕様書を読み間違えたのが原因だった。途中でミスに気付いたが、こんな初歩的なミスをした自分が信じられなくて認めたくなくて、私は廣瀬さんに遅れを報告しなかった。
提出を明後日に控え、このままだと間に合わない可能性がでてくるギリギリの判断だったが、期日までに何とかすれば事なきを得ると必死にもがいていた矢先、その様子に気付かない廣瀬さんではなかった。
「で?」
ミスを隠そうとしていた事が完全に見抜かれている。廣瀬さんは腕組したまま私がどう言うのか試しているようだった。
「終わらせます」
ミスを隠すため「そろそろあがろう」の声に後ろ髪をひかれる思いで退社していたが、もう隠す必要はない、徹夜すれば何とかなる!必死に追い込みをかけていたのでメドはついている、2日くらい寝なくても大丈夫!絶対にやれる!私はこの場を逃れたいための言い訳ではなく、廣瀬さんの目をしっかり見つめ覚悟をもってそう言った。
「そんな!徹夜になったとしてもギリですよ!花南は女の子です。俺が代わります」
「お前は黙ってろ」
私を庇った黒澤を廣瀬さんはギロリと睨み低く冷静な声で制した。
「俺はお前を女だからと特別扱いするつもりはない、予定通り仕上げろ」
「はい、すみませんでした」
「黒澤?花南の代わりをかって出るとは大した余裕だな?じゃお前には特別手当てをだしてやろう」
そう言って廣瀬さんは黒澤が明後日までに仕上げる箇所を大幅に増やし、工程表に赤字でビーッと線をひいた。
「えぇー!これじゃ俺も徹夜ですよぉ!つか終わる気がしないんですけど……」
「そりゃご愁傷さまだな」
こんなことがあり、私と黒澤は入社初の徹夜を二人で経験する事となったのだった。その夜、廣瀬班の人たちは「じゃお疲れ~二人とも頑張れよ~」と手をヒラヒラ振りながら帰っていく、誰も新入社員だからとか女だからとかの同情はしていない。
「なぁ花南?」
「ん?」
「オレ、廣瀬さんの部下でよかったなって思う……」
黒澤が何を言いたいのか私にもわかっていた。廣瀬さんは私一人を徹夜させないために黒澤を残した。廣瀬班のみんなも私がミスした事を知っている、だから敢えて同情の言葉などかけずにいるんだ。
「つかさー、まみじゃねぇんだから俺らこんなに食わないって」
打ち合わせ机の上には廣瀬班の先輩達が『食い切らなかったからお前らにやる』と置いていった食べ物や飲み物が山と積まれていた。明日の朝には泣きそうな顔をしたまみが朝食を差し入れに来るだろう。
「ふふっ……徹夜のたびに太るかもね?」
こうして2日連続徹夜作業は先輩方の優しい心に包まれ、ひよっこ2人は何とか無事この苦難を乗り切った。そして私はこの頃から、黒澤の私だけに見せる優しさに友情とは少し違う何かに気付き始めていたのだった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「浅見部長いらっしゃいますか?」
課長に頼まれたファイルを浅見部長に届けるため第1システム部にやってきた。ここに同期はいないので顔見知りもいないが、何度か用事でやってくるうちに『廣瀬のとこのヒヨッコ』と呼ばれ何となく顔を覚えてもらえるようになった。
「まだ会議おわってないみたいだから、俺預かるわ」
「すみません、お願いします」
「宇佐美?」
「はい」
「たまには俺らとランチいかね?」
「えっ?」
「なにか予定でもあった?」
会釈する程度で話もしたことない人達なので一瞬迷ったが、他部署の人と話すのも色々勉強になるかも知れないと思い承諾することにした。
「いえ、大丈夫です」
そして昼休みになり約束の場所に急ごうとマシンの電源を落とした。時間ぴったりに立ち上がったからか?黒澤が不思議そうな顔をして声をかけてくる。
「どこか行くのか?」
「うん、第1システムの人達と食べてくる」
「第1システム?なんで?」
「さっき書類届けに行った時に誘われたんだ、じゃ行ってくるねー」
「えっ、ちょ……花南、なんで第1なんだよ」
怪訝そうな顔をし不機嫌な声の黒澤を見なかったフリして、私はフロアを後にした。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「宇佐美って彼氏いないの?」
「いないですよ、今は必要ないです」
「きたー!これだから才女はガードが固いと言うか、まぁそこらの男じゃ物足りないってか?」
「別にそういう意味じゃ……」
「あぁごめん、ごめん、悪い意味で言ったんじゃないんだ。気を悪くさせたらごめん」
この程度のことは慣れているので特に気を悪くしたわけではなかったが、相手は同じシステムだし今後の事もあるので私は取り敢えずニッコリ微笑んでこの場をやり過ごすことにした。
「宇佐美の理想の男ってどんなの?やっぱ俺らじゃ無理?」
「そんなことないです。特に理想もありません。逆に私みたいな可愛げのない女は敬遠されますよ?」
「またまた~、宇佐美って青山さんといる時めっちゃ可愛い顔で笑うじゃん?」
「えっ?」
「たまにcafeに二人でいるだろ?なんかさ2人ともすげー可愛いんだよなぁ」
まみが可愛いのは分かるけど私が可愛いわけないでしょ、なに言ってんのこの人?恋バナしたくて一緒にランチしてるわけじゃないんだけどなぁ……もちろん心の声だけどね。
「宇佐美、オレ立候補していい?」
「はい?」
「木戸、なにお前さりげなくアピールしてんだよ、じゃ俺も~花南ちゃんヨロシク♪」
「はい??何がですか?」
「うっわー、このさりげないかわし方、さすが浅見二世!」
冗談だか本気だかわからない会話をサラリと交わしつつ、私はさりげなく仕事の話になるよう二人の会話を誘導した。さすがに二人とも仕事の話になると顔つきも変わり、後半はなかなか楽しいランチ時間を過ごすことが出来たのだった。たまには他部署の人たちと話すのも刺激になっていいもんだわ。
社屋に戻り自分たちのフロアに上がるためエレベーター待ちをしていた時、ちょうど黒澤も戻ってきて一緒になったが、私は木戸さん達とまだ別れていなかったので敢えて距離を置いていた。
「宇佐美、今度飲みに行こうぜ?」
「時間が合えばぜひ、今日はありがとうございました」
「あっこら、木戸!抜け駆けなしだからな!花南ちゃーん、俺も忘れないでね~」
そしてエレベーターを降りそれぞれのフロアに戻る時だった。木戸さんが少し真剣な顔をして私の耳元でこう囁く。
「宇佐美、さっきの話……俺マジだから」
「えっ?」
何と答えていいか分からず一瞬立ち止まった私の横を黒澤が通り過ぎていった。
少しドキドキしている心を落ち着けてから私は自席に戻り、午後からの仕事に備えようとしていた時、黒澤が少しだけ不貞腐れたような顔で話しかけてきた。
「なぁ花南、さっきの会話なに?」
「さっきの会話って?」
「第1の奴らと飲みに行くって」
「あぁ、あれ?社交辞令的なものでしょ、特に意味はないけど?」
「マジな話ってなに?」
(な、なにそんな真剣な顔で聞いてくんのよ…)
「男があんな顔して言うマジな話って言ったら、ひとつしかないだろ?」
「……」
「なんなんだよ、あの人と付き合うわけ?」
「べ、別に、黒澤に関係ないじゃない!」
動揺した私は少しキツイ口調で黒澤にそう言い切ってしまった。動揺?なんで私が動揺するわけ?自分で自分に突っ込みを入れたが、この時の私には明確な回答が出せなかった。
「そっか……」
私の言葉を聞いた黒澤は深いため息をついてマシンに向かい、その日はもう顔を私に向けることはなかった。何なの!私が誰と付き合おうと関係ないじゃない!何でこんなに黒澤のことが気になるわけ?仲のいい同期なだけじゃない。まみと秋月君・藤咲君とワイワイ楽しくしてる大切な仲間ってだけじゃない。
違うよね?気付いてるよね?黒澤が私に向けてくる態度は友情だけじゃないってことに。でも私はそれを認めるわけにはいかない。
『桃は透兄ちゃんの婚約者なんだから!』
『透兄ちゃんを取らないで』
遠い遠い空の向こうから聞こえてくる声に私は……




