心の闇が星空に消えていく夜
「ハク~ ちまちゃん、ただいまぁ」
≪煩い女が帰ってきたわね、シカトしてましょハク≫
≪アイツすぐ俺を撫でまわすんだ、毛並みが崩れるから嫌なんだ≫
「二人ともそんなつれないこと言わないでコッチ向いて?」
まみがハクとちまに喋りかけている。まみの脳内はいったいどうなっているんだろう?まるで本当に猫たちの声が聞こえているような感じ、聞こえない私が可笑しいのか?いやいや!そんな事ないよね!
≪普通の人間は聞こえなくて当然よ、この子が変なのよ≫
「えー私、変じゃないよ?ちまってば意地悪言うんだから」
まみには慣れたつもりだけどコレは本当にびっくりだよ?一度病院に連れて行った方がいいかなと思うレベルなんだけど……
≪おにぃ以外の人間にオレ達の声が届くなんて、その方がびっくりだぜ?≫
「藤咲君もわかるみたいだよ?」
≪あぁアイツな……って!なに普通に話しかけてんだよ!≫
「いいじゃない、ハクってば照れ屋さんなんだから♪」
やっぱり話しかけていると言うよりは猫と会話しているように見える。あり得ない!どう考えても猫と話すなんて非現実的すぎる。この豊かな自然に囲まれた地でもしかしたら本当に不思議な事が起こってるのかも知れないの?いやいや!ないない!あり得ないから!
「お前らなに外見てシカトしてんだ?」
≪おにいっ!おかえりー≫
「あーっ!シンクロしたぁ、面白ーい!猫ちゃんのシンクロ~」
≪お前の方が面白いわ!≫
「あはは、確かにまみさんは楽しい人ですからねぇ」
藤咲君まで……あぁ頭がおかしくなりそう。もしかして猫と話せない私の方が変なの?待て待て!そんなはずはないわ、しっかりしろ花南!私は頭を抱え首をブンブン振り回した。
「花南どうした?さっきから一人漫才してるぞ?」
どうにも理解できない状況に頭をグルグルさせていたからか?黒澤が心配そうに私の顔を覗き込んできた。そう言えば黒澤も猫と話しているように見える、確か最初に言ってたよね?『アイツら人間の言葉がわかるんだぜ』って。
「あのさ、黒澤たちって……」
『猫の言葉がわかるの?』そう聞こうとしてやめた。あまりにもバカバカしすぎる。こんな質問をすること自体おかしい、通常の思考回路じゃない。
だけど……
この仲間たちとならこんな馬鹿げた会話をしてもいいんじゃないかって気がしてくる。まみのように素直にバカげた会話をしてみたい……でも私は私でなければ存在価値が無くなる。そうやって生きてきたんだ、いまさら変えられない。
「なんでもない、それより今夜ほんとに露天風呂に行くつもりなの?」
「おぅ!飯食ったら行こう。手を伸ばしたら掴めるくらい星が綺麗なんだ。花南もたまには幻想的な景色の中に身を委ねてみるといいよ」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
黒澤が案内してくれた露天風呂は、簡素な脱衣所と心細い灯りがあるだけの小さな露天風呂だった。
「えいっ!あの輝く星に手がとどきそうなのになぁって無理か!あはは♪」
「ちょ、ちょっとまみ!そんな元気よく夜空に向って手を伸ばしたらバスタオルが落ちるってばっ」
信じられない事だが私はいま男子3名と一緒に露天風呂に入っている。恥ずかしくてまともに黒澤たちの方を見れなかったが、まみがあまりにもあっけらかんとしていて男子たちも全然気にしてないので、一人で真っ赤になっている方が恥ずかしという感じである。
「黒澤君はいいなぁ、こんな素敵な実家があるんだもん羨ましいよ」
「まぁな。でもこうして遊びに来ているのと住むのとでは全然違うぞ?冬は厳しいし、農家の仕事はまみ達が思っている以上に大変なことなんだ」
「いずれコッチに帰って農家を継ぐの?」
黒澤は私のこんな問いかけに少しだけ切なそうな顔をして夜空を見上げ、ひとつ深い溜息をはいてから「いや……」と話を切り出した。
本家の長男は跡を継ぐのが当たり前と思われているが本人はココに帰る気はないようだ。お姉さんがご両親の面倒もみるし本家も守っていくから、アンタは好きなように生きなさいって言ってくれているらしい。
「ばぁちゃんを泣かせるのが辛いんだけどな……」
「俺んちはイチゴ作ってる農家だけど次男だから気が楽だな、確かに田畑がある長男ってのは色々大変だよな」
「えー秋月君の家ってイチゴ作ってるの?私いくー!」
ハウスの中のイチゴ全部食われそうだなって秋月くんが笑いながらまみをチョンと小突く、その横で黒澤が「俺も行きてー!」と騒ぎ、藤咲君はニコニコしながらそんな三人のやり取りをみている。何だかココが露天風呂でタオル1枚の状況だという事を忘れてしまいそうなくらいだった。
『同じ釜の飯を食う』とか『裸の付き合い』って日本語があるけど、何となく今夜はその意味が少しだけわかったような気がした。満天の星空と澄んだ空気が私の心の中に心地よく入り込んでくる。
「かーな♪どうしたの?のぼせちゃった?」
「ううん、星が綺麗だなぁと思ってさ、私はめったに東京から出ないから」
「家族で旅行とかしねぇの?親戚も東京だけ?」
秋月君が私の一番苦手な質問をぶつけてきた。おそらく本人は何の意味もなく聞いたことだろう。今までの私だったら適当にごまかして曖昧な返事しかしなかった。と言うよりこの手の質問をされないよう相手の言葉を誘導してきたんだけど……
「行ったことない、うちの両親忙しいから」
「花南のご両親って何してるんだっけ?」
まみがこれまた屈託のない笑顔でニコニコしながらさらに苦手な質問を私に問いかける。でもこの流れが不快ではなかった。この星空のせいだろうか?今まで経験したことのないとても不思議な感覚で、心の扉がゆっくりと開いていくのを自分でも感じていた。
「父はT大、母はK大の教授、兄は医者」
「まじかよ……」
「ご両親がお二人とも教授でお兄様がお医者様ですか、色々とご苦労があったのではないですか?」
藤咲君は私の何かに気付いていたのだろう、敢えて突っ込んだことを聞いてきた。
「何かを期待するから打ちのめされる、何も期待しなければ日々淡々と過ごしていける。私はそうやって生きてきたから苦労はないわ」
「花南……」
「私は落ちこぼれ、あの人たちにとって迷惑でいらない存在なの」
「そんな!自分の子供をそんな風に思う親なんていないよ?花南は落ちこぼれじゃないよ!」
小さい頃から両親は兄に期待しその兄は期待通りの道を歩んでいる。両親に自分の存在を認めてもらおうと必死で頑張ってきたけど、あの人たちの目に映っているのは常に兄であり私は……
いつの頃からか私は自分の感情を表に出さなくなった、むしろその方が心地よかったからだ。期待しなければ悲しむこともない。だけど心の奥底で私の心はついに悲鳴をあげたんだ。
「両親のひいたレールの上を歩くのが嫌になってね、大学院には進まず就職の道を選んだの。早く自立してあの人たちから離れたかった。院に進まず研究者の道をえらばなかった私は親の顔にドロを塗ったらしくてね……つまりあの人たちにとって私は迷惑な存在なのよ」
「どんな事があっても、どれだけ月日が流れようと家族が家族であることに変わりないんです。いつかそのわだかまりが解ける時がきますよ、焦らずその時を待ちましょう?」
「藤咲くん……待つ気もないし、別に解けなくていいの」
本心だった。家族なんていらない、面倒なことはもうごめんだわ。私は一人で生きていく、家族がいても私はずっと一人だったから。そんな私の心が読まれたのか?藤咲君がポツリポツリと静かに語りだした。
「僕は両親が誰なのか知りません、そしていつ生まれたのかもわかりません」
「えっ?!」
「生まれて間もない状態で僕は教会の前に捨てられていました。だから誕生日は牧師さんに抱かれた日であり親に捨てられた日でもあるんです」
「藤咲くん……」
衝撃的な告白に私達はどう答えていいのか分からなかったけど、藤咲君はいつも通り穏やかな優しい微笑みのまま自分の生い立ちを静かに話し始めた。
「不思議ですね、誰にも話したことないのに。なぜか今夜の月は僕をこの仲間たちの元に導いている気がします」
満天の星空、木々のざわめきと共に吹き抜ける生温かな夜風が、私達を妖しの世界に導き心の闇を吐き出させてくれたのだろうか?




