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エルム、エルム  作者: 十枝内 清波
一年生
48/341

誤算

 午後の授業は移動である。お弁当を食べ終えた私は、教材を手に音楽室へ向かった。

「――あっ、エルちゃん!」

(ん?)

 廊下を行く途中――階段の横を通りかかると、上から声が降ってきた。見れば、知り合いが陽気な笑みを浮かべてそこにいる。

「リューくん……また高等部に来てたんだ」

「うん! また会えて嬉しいよ〜」

 黒茶色のクセっ毛をひょこひょこ揺らし、彼は軽やかに階段を降りてきた。

「ミリちゃんのとこへ行くの?」

「へへっ。もう行ってきたとこ〜。ミリ姉、喜んでくれるかな〜」

「……」

 またか。

「今朝も下駄箱に仕掛けたばかりなのに……もう次の作品?」

 熱心だな、この人は。

「あー、今朝ね。今朝はビックリしたなー」

 リューくんは戸惑ったような表情になった。

「どーしちゃったの、アノ人」

「う」

 ――紫関先輩のことだ。

「何だったの、アレ。マボロシ?」

「現実だよ……」

「気がついたらミリ姉にシメられてるしさー。衝撃の朝だったよ。人生で二番目ぐらいの強烈さだったなー、あのインパクト」

「……」

 一番は?

「ご、ごめん……」

 それはともかく、なぜか申し訳ない気持ちになった。私が悪いわけではないはずだが。

「アレ、本人だよね? そっくりさんじゃないよね? エルちゃん、いったい何したの?」

「何もしてないよ!」

 と答えてから、私はハッと思い出した。

「あ、いや、何もしてなくはなかった……ちょっと踏んづけちゃって……」

「は?」

「あ、でも、それが原因じゃないの! その前から校内新聞に写真が載ってて!」

「写真?」

「……。ごめん、何でもない」

「?」

 話せば長くなる。

 リューくんはきょとんとしたものの、何かを察したのか、深くは追及しないでくれた。代わりに、彼はいつもの人懐っこい笑みを浮かべる。

「ふーん。まあいいや〜。それよりエルちゃん、お昼食べた?」

「うん」

「ありゃ、残念。まだなら一緒に食べようと思ったのに〜」

 リューくんは大げさにがっかりしてみせた。

 ということはこの人、まだ食べていないのか。

 ――ん?

「えっ、間に合うの? これからミリちゃんが追っかけてきて、爆走したあげくシメられて、お昼食べて、中等部に戻って、午後の授業の支度をして――」

「ん? ヘーキヘーキ。今ミリ姉のとこに置いてきたのは放課後の分だから!」

「……。ほんとに熱心だね」

 正確には『置いてきた』わけではなく、『仕掛けてきた』んだろうけれど。

「あ、興味ある? エルちゃんも俺の作品見にくる?」

「えっ!? えーと……どんなの?」

「それは見てのお楽しみ〜。あのねー、時間は……」

 ドドドドド!!

(ん?)

 その時、どこか遠くから地響きのような音がした。

(……これは……)

 ――ミリちゃんの爆走音じゃないか?

「リューくん……今仕掛けてきたのは放課後の分じゃなかったの?」

「あれー、おかしいなー。ミリ姉、この時間はロッカー使わないはずなんだけど」

「そこまで詳しく把握してるの!?」

 リューくんは不思議そうに首を傾げた。

 ――が、ふいに何か思いついたらしく、パッと明るい顔になる。

「あっ、分かった! D組の子に『便覧貸して』とか言われたんだ! ミリ姉、そういうの全部置きっぱなしだから!」

「友達関係も把握済み!?」

 よく考えたらこの人……やってることはストーカーっぽいな……。

 しかし、なぜだろう。大したことをしていない紫関先輩のほうがよっぽど危ない人に見える。リューくんの人徳か?

「ふっ……まあ、こんな日もあるさ」

 と、彼は黒茶色の髪を掻き上げた。

「いや、妙にかっこよく言われても」

 ドドドドド!!

 そうこうしているうちに、地響きは近づいてくる。なぜか中等部ではなく、こちらへ向かっているようだ。

(あれ?)

「ミリちゃん……ここにリューくんがいるって分かるのかな?」

「見当はつくんじゃない? ミリ姉、俺が作品を置く時の逃走ルートはだいたい把握してるから」

「えっ」

「まだまだ読みは甘いけどね〜。的中率は七十パーセント以下! ふっ、修業が足りないぜっ」

「……」

 もしやこの二人、お互い様なのか?

 ドドドドド!!

「おっ、そろそろ来るな」

 リューくんは軽く肩を回した。

 直後――階段の上に、般若顔のミリちゃんが現れた。

「リュウゥゥゥッ!!」

 と同時に、リューくんはパッと駆け出した。

「エルちゃん、またね〜」

「くぉらぁぁ〜〜っ! 待たんかぁぁ〜〜っ!」

 ドドドドド!!

 二人は嵐のように去っていった。

「……」

(凄い。ミリちゃんが現れるタイミングまでピッタリ)

 彼女の走る速度まで把握しているのか、リューくんは?

(……)

 ふと手元を見ると、音楽の教科書が目に入った。

(――あ。移動だった)

 忘れてた。

 音楽室を目指し、私は再び歩き出した。



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