↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
王都暦局が廃止されたので、曜日のない辺境へ赴任した俺。誕生日も祭りもない町に日付を与えたら、止まっていた一年が動き始めた  作者: やまご


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
42/50

第42話 交代を忘れた坑道

 第二続日の朝、鉱石の印だけが鳴り止まなかった。


 七都市観測板の中央で、黒い石が細かく震えている。


 カン。


 カン。


 カン。


 一定の間隔ではない。


 速くなり、遅くなり、また激しく打ち続ける。


「グランザの鉱山鐘です」


 レグナートが印へ耳を寄せた。


「事故?」


 リノが尋ねる。


「事故鐘なら、三度鳴らして止める決まりです」


 ノアは旧観測記録を開いた。


「これは始業鐘です。一度鳴れば、坑道へ入る合図」


「ずっと鳴ってたら?」


「ずっと仕事を始めることになります」


 鉱山都市グランザでは、零年化と同時に交代時刻が失われていた。


 中央暦院が管理していた勤務鐘は、零日零刻を始業時刻として読み取っている。


 零刻の次が来ないため、鐘は何度も始業を命じ続けているのだ。


 観測板の下から、薄い鉄札が押し出された。


 文字は何度も重なり、半分ほど潰れている。


 ――下層坑道、四十三名。


 ――交代組、入坑できず。


 ――昇坑命令、鐘に消される。


「中の人たちは、まだ働いてるの?」


 カイが青ざめる。


「始業鐘のあとに勝手に出れば、勤務放棄として給金を失います」


 オルガが険しい顔をした。


「命と給金、どっちが大事なんだ」


「本人だけでは決められない状況なのでしょう」


 坑内の勤務札は、鐘の回数とつながっている。


 始業鐘が鳴るたびに新しい勤務が始まり、以前の勤務記録が上書きされる。


 今出れば、いつから働いていたか証明できない。


 さらに、坑道の外にいる交代組も、入坑の合図が鳴り続けるせいで、どの班が入るべきか分からなくなっていた。


「鐘を止めればいい」


 ミラが言う。


「鉱山鐘は、落盤警報にも使います」


 ノアは構造図を確認した。


「完全に止めれば、坑内で危険を伝えられません」


「じゃあ始業鐘だけ外す?」


「グランザ側に、仕組みを説明する必要があります」


 観測板へ文章を送ろうとしたが、鉱石印の振動で文字が崩れる。


 カン。


 カン。


 書いたそばから鉄札が震え、暦墨が混ざってしまう。


「鐘の間へ書けば?」


 リノが言った。


「間がありません」


「こっちから鳴らし返すのは?」


 観測板の鉱石印は、エルデからも打てる。


 だが同じ音を重ねれば、さらに混乱するだけだ。


「違う音を使います」


 ノアはチクタの旅程札に付いていた陶器の鈴を取った。


 鉱山鐘は金属音。


 陶器なら、同じ観測線を通っても響きが違う。


「グランザ側に陶器の受信器がある保証は?」


 レグナートが問う。


「旧観測網では、鉱石の割れを知らせるために、石と木と陶器を使い分けていました」


 ノアは記録に残る合図を探した。


 金属三度は危険。


 木二度は人員確認。


 陶器一度は、記録担当者を呼ぶ合図。


 ミラが鈴を一度鳴らした。


 澄んだ音が観測板へ吸い込まれる。


 鉱石印の激しい振動は続く。


 もう一度。


 さらに一度。


 しばらくして、向こうから陶器の音が返ってきた。


 小さく一度。


「誰か聞いています」


 ノアは鉄札へ短く書いた。


 ――鐘ではなく、出来事を教えてください。


 文字は完全には残らない。


 それでも陶器の音を鳴らすたび、一行ずつ向こうへ送る。


 返事は、切れ切れに届いた。


 ――坑内へ食事籠、三回。


 ――灯油補充、二回。


 ――鉱車、十一台。


 ――眠った者、七名。


 日付も時刻もない。


 だが、どれほど長く地下にいるかを示す出来事は残っている。


「少なくとも、通常の一勤務を大きく超えています」


 オルガが言った。


「うちの工房でも、食事三回分ぶっ通しなら槌を持たせない」


「まず、四十三人を上げます」


 ノアは鉄札へ書いた。


 ――昇坑は勤務放棄ではない。


 ――食事籠三回と灯油補充二回を、勤務継続の証拠とする。


 向こうから返事。


 ――中央勤務札に時刻がない。


「エルデの給金札を使います」


 ノアは六つ鐘の給金日に作った札を出した。


 片方を働いた者。


 片方を仕事場。


 仕事内容と完了条件を、出来事で照合する。


「グランザへ送れるの?」


 リノが尋ねる。


「形だけです」


 観測板へ札を押し当て、鉱石印を写す。


 向こうでは同じ形の木札を作り、坑口と坑内で一枚ずつ持つ。


 始業時刻ではなく、入坑時の人員。


 食事籠の回数。


 灯油の補充。


 地上へ戻った人数。


 それらを記す。


「四十三人全員が戻れば、一つの勤務が終わる」


 ミラが言った。


「はい。鐘が何度鳴ったかではなく、人が入って、帰ってきた出来事で区切ります」


「一人帰らなかったら?」


「終わらせません」


「全員で探すの?」


「その人の所在を確認し、負傷、別坑道への移動、残留の意思を分けます。行方不明のまま、全員帰還とは書けません」


 グランザ側で、木札を作る音が伝わってきた。


 中央勤務鐘はまだ鳴っている。


 その音の下で、陶器の鈴が一度響く。


 ――四十三名、昇坑開始。


 観測板の前にいるエルデの住民たちも、声を出して数え始めた。


 一人。


 二人。


 十人。


 二十人。


 鉄札へ、昇坑した人数が少しずつ浮かぶ。


 三十一人。


 三十八人。


 四十二人。


 そこで止まった。


「一人足りない」


 リノが札を握る。


 グランザから、木を二度打つ音。


 人員確認。


 続いて文字が届く。


 ――最下層、荷車番ベルク不在。


「最後に見た出来事は?」


 ――十一台目の鉱車を固定。


 ――その後、灯油籠を運ぶ者が声を聞いた。


「怪我ではなく、仕事を続けている可能性があります」


 オルガが言った。


「始業鐘が鳴ってるから、自分だけ上がれないと思ってるのかも」


 ノアは陶器の鈴を鳴らした。


 ――ベルクへ伝えてください。


 ――あなたの仕事は、十一台目の鉱車を固定したことで完了しています。


 ――地上で四十二人が帰還を待っています。


 返事はしばらく来なかった。


 中央勤務鐘だけが鳴り続ける。


 カン。


 カン。


 カン。


 やがて、その音に混じって、木を一度打つ音がした。


 坑内からの応答。


 ――聞いた。


 数呼吸後、鉄札へ最後の文字が浮かぶ。


 ――四十三名、帰還。


 観測板の前で歓声が上がった。


 リノは四十三個目の丸を、大きく描いた。


「全員帰った」


「勤務完了です」


 ノアはエルデ側の写しへ印を押した。


 同時に、鉱石の印からも深い一音が返る。


 グランザで四十三人の証人が、同じ勤務の終わりを確認した音だった。


 だが中央勤務鐘は止まっていない。


「次の班が入れないままです」


 レグナートが言う。


「古い鐘を、警報と勤務に分けます」


 ノアは鉱山鐘の構造図を開いた。


 大鐘は危険を知らせるために残す。


 勤務の交代には、坑口にある小鐘を使う。


「何時に鳴らすのですか」


「時刻ではなく、交代する班が坑口へそろったときです」


 入る班と出る班が、同時に互いの人数を確認する。


 一度。


 入坑者を確認。


 二度。


 仕事と危険箇所を引き継ぐ。


 三度。


 前の班が全員帰還。


「交代する人が来なかったら?」


「前の班を働かせ続けません。坑道を安全な状態へして、作業を止めます」


「鉱石が取れなくなる」


「人が戻らなければ、次の勤務もありません」


 グランザ側から、長い沈黙のあと、返事が来た。


 ――鉱山主が反対。


 ――止めれば中央契約違反。


「契約期限も零年化で無効になっています」


 レグナートが通達を確認する。


「中央に都合のよい部分だけ、旧契約を使うことはできない」


 ――鉱山主、勤務継続を命令。


「住民の意思を確認してください」


 ノアが書く。


「鉱山主ではなく?」


「働く人と、その帰りを待つ人です」


 グランザでは坑口へ、四十三人の家族と交代組が集まった。


 観測線を通し、一人ずつ木を打つ。


 勤務鐘を変えることへ賛成する者。


 一度。


 反対する者。


 二度。


 木の音は、圧倒的に一度が多かった。


 最後に、最下層から戻ったベルクが陶器の器を鳴らした。


 鉄札へ短い言葉が届く。


 ――娘の顔を、思い出せなかった。


 坑道へ入り続けた時間の中で、ベルクは帰る理由まで薄れかけていた。


 地上へ出たとき、娘は父の名前を何度も呼んだという。


 ――次は、忘れる前に帰る。


 中央勤務鐘の連結鎖が外された。


 鳴り続けていた金属音が、突然止まる。


 長い静けさ。


 そのあと、小鐘が一度鳴った。


 入坑者確認。


 二度。


 引継ぎ。


 三度。


 前の班の帰還。


 グランザの鉱石印に、初めて明確な区切りが戻った。


 ノアはエルデの続日板へ記す。


 ――第二続日。


 ――グランザで四十三人が帰還し、勤務を交代した。


「これが、七都市をつなぐ最初の出来事です」


「エルデの朝の次に、グランザの交代?」


 リノが尋ねる。


「はい。その次を、別の町が証言します」


 セレノがグランザの交代記録を手紙として受け取る。


 ハルムは、届いた手紙を読む人々へ麦を量る。


 ラウゼンは、その麦と交換する林檎を積む。


 ネーヴァは荷が到着した鐘を鳴らす。


 ヴァルドは鐘を聞いたことを終戦記録へ加える。


 最後に、エルデが七都市分の出来事を受け取る。


「一周したら、一日になるの?」


「いいえ」


 ノアは七つの印を輪につないだ。


「七つの町が、まだ互いの続きにいると証明できます」


 中央は日付を零へ戻せる。


 だが、四十三人が坑道から帰った事実は零ではない。


 それを別の町が受け取り、次の出来事へ渡せば、すべてを同時に最初へ戻すことはできない。


 夕方、グランザから一枚の小さな板が届いた。


 四十三人の名前。


 その下に、帰りを待った家族の名前。


 最下段には、鉱山の子どもたちが書いた一文がある。


 ――大人が帰ってきたので、明日も学校を開けます。


「学校?」


 リノが目を輝かせる。


 中央暦が零になり、グランザでは学期も、進級も、子どもの年齢も未登録へ戻っていた。


 それでも子どもたちは、次に学ぶ日を待っている。


 七都市をつなぐ二つ目の出来事は、仕事ではなかった。


 誰かが続きを教える日だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。