第六話 王子の誕生祭と、親友の秘めた悪意
「本当に、無理をしなくていいんだぞ」
馬車の揺れに合わせるように、心配そうな声が響いた。
アメリアは向かいに座る父――ブライトナー公爵へ視線を向ける。
「レオンハルト殿下は、ここ最近ずいぶん好き勝手をしていると聞く。婚約者を放って遊び歩くなど、本来あってはならんことだ」
公爵は眉間に深い皺を寄せていた。
筆頭公爵家として王家に忠実に仕え、温厚な人柄で信望も厚い公爵だが、娘には甘い父でもある。
だからこそ今夜、婚約者であるレオンハルトが己れの誕生祭において、多忙を理由にアメリアを迎えにも来ず、エスコートすらしないことに腹を立てているのだろう。
「なあ、アメリア」
「なんでしょう、お父様」
「婚約をやめてもいいんだぞ」
アメリアは一瞬だけ目を瞬いた。
そして、小さく笑う。
「ありがとうございます、お父様」
窓の外では王宮へ続く石畳が白く光っていた。
「でも、今さらですわ」
「アメリア……」
「殿下は昔から、少々わがままなお方でしたもの」
それは事実だった。
ブロンドにブルーアイという、王系の血筋を体現したかのような華やかで美しい容貌。
この世に生まれ落ちた瞬間から、誰からも愛され、守られ、賞賛され……
そして、誰より自分を愛している男。
それが、第二王子・レオンハルトだ。
家同士の取り決めとして、幼いころから婚約者として隣にいたけれど、彼は一度として“まとも“な婚約者だったことはない。
気まぐれで。
飽きっぽく。
平気でアメリアとの約束を破る。
侍女や令嬢たちとよからぬ関係になっているという噂も耳に入る。
そして、その身勝手ぶりはここ1年で拍車がかかったようだ。
――私が転生してから、だよね。
馬車に揺られながら、アメリアはぼんやりと思った。
本当のアメリアは、ただ殿下を待っていた。
どんなに悪い噂を聞こうと、約束をすっぽかされようと、笑みを浮かべて待っていた。
それが淑女の美徳だと、育てられてきたから。
ーー冗談じゃないわ、アホらしい。
前世では秘書業務の多忙さと楽しさにかまけて恋愛とは無縁だったけど、顔だけの頭からっぽ王子に時間を捧げるなんて、ムダ以外の何物でもないじゃない、と転生アメリアは思う。
しかも、身分は公爵令嬢。
財力と人脈と時間はうなるほどある。
それに加えて、前世で培った秘書スキルに、もともと持ってる不屈のチャレンジ精神。
ーー王子が勝手にやるなら、こちらも人生、楽しまなくちゃ!
まずは、格式と伝統に縛られた王都のイケてない流行に目をつけたアメリアは、動きやすいのにエレガントなドレス、キツすぎない香水、あえてイミテーションを使ったジャンクジュエリーをつくって、自らまとい、王都のトレンドセッター的存在になっていった。
ーーふふっ、これがいわゆる、インフルエンサーってやつよ。
最初はレオンハルトも面白がっていた。
自分を着飾ることが好きなレオンハルトは、好んで派手なジャンクジュエリーを身につけたり、これまでのただ匂うだけだったシロモノと違い、トップ、ミドル、ラストノートのあるアメリア製の香水にいたっては、張り切って己れのオリジナルノートまでつくらせたほどだった。
けれど。
アメリアがワインとシャンパーニュ業に手を出し始めたあたりから、不穏な空気が漂いはじめた。
ーー確かにあれはちょっと目立ちすぎだったかもね。酒造業は儲けも大きいし。
ワインやシャンパーニュの販売は王家オリジナルのブランドもあり、貴重な収入源でもある。
なのに、アメリアがぶどうの熟成と醸造後の保存法を改善し、安定した味わいを持つにもかかわらず、手頃な価格のワインとシャンパーニュは爆発的ヒットになってしまった。
「おまえは最近でしゃばりすぎだ」
レオンハルトの視線が歪んだ。
*
王宮の大広間は、今夜も眩い光に包まれていた。
王家の誕生祭。
王子レオンハルトを祝う、一年でもっとも華やかな夜会。
「ブライトナー公爵と令嬢アメリアさまがご到着です!」
案内の声とともに、父のエスコートで広間へ足を踏み入れた瞬間、人々のざわめきと注目を感じた。
「お父上と来るなんて」
「婚約者の誕生祭なのに」
「やっぱり、おふたりの仲はもうおしまいって本当なのかしら」
ーーああ、うんざり。
「お父様、あちらに行きましょう」
噂ずきの社交界の面々にこれ以上晒し者にされたくはない。
公爵の腕をあらためてとった瞬間、
「あら、アメリア!」
と鈴のような声が響き渡った。
ドレスの裾を翻して駆け寄ってくる美しい令嬢。
マリアン・シュタイナー。
アメリアの親友。
ーーなのに、なんでアンタは私と同じドレスを着てるのよ……
アメリアは心の中で大きなため息をつく。
正確に言えば、まったく同じというわけではない。
パニエでスカートを大きくふくらませたドレスばかりだった社交界に、転生後のアメリアが持ち込んだスレンダーなラインのドレスは、動きやすさとエレガントさが相待って、すぐに大流行した。
今夜のアメリアのドレスもホルターネックで品よく肩を見せつつ、全体のシルエットは細身のマーメイド。
流れるようなドレープの裾にそって、細かな銀糸の刺繍とパールが施されている。
アメリアの白に近いプラチナブロンドにアイスブルーの瞳の雰囲気にあわせて、ドレスそのものの色合いも淡いシルバーグレイだ。
ともすれば地味になるのを刺繍とパールが華やかに上品に彩っている。
一方、マリアンのドレスはスイートなパステルピンク。
刺繍が、銀糸ではなく金糸。
だが、それ以外は、なにもかもアメリアのドレスとそっくり同じだ。
ピンクブロンドの巻き髪を揺らしながら、
「……まあ」
マリアンは口元を押さえた。
「偶然ね?」
周囲の令嬢たちがクスクス笑う。
アメリアは、内心のうんざりを隠しながら静かに微笑んだ。
「本当にね」
アメリアの冷静なリアクションを前にしているのに、なぜかマリアンの表情には勝利感がみなぎっている。
――いったい、どういうつもりなのかしら。
そのとき。
「レオンハルト殿下のおなりです!」
歓声が上がった。
レオンハルトが華やかな笑みを浮かべながら現れる。
ーーああ、そうか、そういうことね。
颯爽と現れた王子の衣装は白がメインとはいえ、マリアンのドレスとそっくり同じピンクがアクセントカラーに使われていた。
ーーふーん、男でこのパステルピンクを着こなすなんて、ある意味、たいしたもんだわ。
アメリアは不思議なところで感心してしまった。
レオンハルトは自分の婚約者も顧みず、まっすぐマリアンのもとへ歩いていく。
広間にはどよめきが波紋のように広がるばかりだ。
「今夜の君は、まるでピンクの薔薇だな」
「まあ……殿下ったら」
揃いの色をまとったふたりは、誰がみてもパートナー同士だった。
父であるブライトナー公爵が、低く息を吐く。
「……無礼にもほどがある」
「お父様、私なら全然平気ですわ」
だが。
夜会は容赦なく始まった。
手の込んだ罠が仕掛けられた夜会が。
レオンハルトの腕にすがりながら、マリアンがこちらに笑みを向けてくる。
マリアンの胸はこれから始まることへの甘い高揚感でいっぱいだった。
ずっと。ずっと目障りだった。
アンタの側にいるから、私はいつも少しだけ見劣りがした。
家柄も、容姿も、婚約も。
なにもかも恵まれてるからって、努力もしないアメリアのくせに。
これまでみたいに、私のそばでおとなしくしてればまだ許せたのに。
大嫌いよ、アンタなんか。
(その鼻持ちならない令嬢ぶりも今夜でおしまいよ)




