下足箱
「ふ~ん・・・。誰でも好きになるんじゃない・・・」
長瀬はぷいっと先程の丹羽に見せていた慈愛に満ちた顔は完全になくなり嫌悪感たっぷりの目で睨み殺すかのよう目つきになり吐き捨てるように言った。
丹羽への言葉とのあまりにもの違いに言葉が出なくなった。勝手に震撼していた。
あの時の口調と長瀬の表情が40年以上経った今でも頭に思い浮かぶ、それぐらいダメージが大きかった。
一年半前に長瀬が言った
「あんな奴、チーちゃんにやったわ」と同じぐらい攻撃的な言葉だった。
丹羽が好きと言ったのは原田真理子一人、丹羽がばらした僕の好きな人は一宮高校の門前美穂とモリクミの二人。
一人と二人でこんなに違いが出るのだろうか、いや違う。長瀬の中では由紀とチーちゃんも併せた四名のことを言っている気がした。
西高祭から立て続けて高二の時は噂があり、高三でも二人好きな人がいると丹羽がばらした。
長瀬はどんな思いであの言葉を言ったのだろう。
でも、表現はともかく長瀬の僕への本心だったのだろうな。
ただ、あれだけ嫌悪感たっぷりに言われるとまだ「ガキ」だった僕はなにも返せなくなっていた。
本当は長瀬が本命だったのに。長瀬がいないから長瀬みたいな目をして話し掛けてくれたモリクミに惹かれた。そのモリクミともなんで上手くいかないのかなって落ち込んだ時に門前美穂と出会った。
これって、実は長瀬への思いの裏返しだった。
きちんと話したいのに長瀬は昔も今もやはり拒絶している気がしてならない。
どうしたら良いんだろうと思っていたら、血の気軍団の一人が「長瀬ちゃん~」と長瀬を呼び、自分たちの席に来るように促しそちらに長瀬は行った。
まだ席にいたハタさんと増田さんを見た。
この人たちは長瀬が以前髪を切った僕に「まぁまぁカッコいいじゃんね」と言った時、僕が由紀と一緒にローラースケートをしていた時、長瀬が「あんな奴、チーちゃんにやったわ」と言った時など節目節目にはまさに現場にいた生き証人たちだった。
冷静になれば、長瀬がいないこの場なら彼女たちに今までの疑問を聞けば良かった。そして本音も言えば良かった。
『西高祭の打ち上げでローラースケートに行った時に俺が由紀を誘ったことになってるの?』
『あの後に俺が由紀に告白したって聞いてるの?』
『そもそも、俺と由紀のことをどういう風にみんな思ってたの?』
『二年の秋に下足箱で長瀬が【あんな奴、チーちゃんにやったわ】って言わなかった?その【あんな奴】って誰だったの?もしかして、俺だった?』
『長瀬って・・・俺のこと嫌いなの?少なくとも、夏休み前から学校祭までの間は俺は長瀬にとって見た目は合格圏じゃなかったの?』
『長瀬が俺のことを嫌いになったのなら・・・理由は俺が長瀬と混レクのときにべったりしてたから?それとも由紀との噂があったから?長瀬に他に好きな人がいたから?』
『本当は学校祭の時から、長瀬が好きだった。ただ、丹羽が長瀬のことを好きだと思っていたのと一年生があまりにも俺と由紀のことで盛り上がってホントのことが言えなくなっていた・・・』
でも、もう酔っていたこともあってもうなにも考えられなかった。
まったく、頭が回らなかった、肝心な時に頭がポンコツになる。
なんか、敗北感にまみれてクラス会が終わった。
このお店は座敷だったので靴は下足箱にある。
なんか独りになりたくて下足箱に向かった。すると、ばったり長瀬と会った。しかも、この時の長瀬もなぜか独り。不思議と僕と長瀬は下足箱となにか縁があるのだろうか。
「俺と長瀬って・・・本当に仲が悪いの?少なくとも学校祭の頃は仲良かったんじゃないの。だとしたら・・・なんで・・・こんな風になったの。俺のせいなの・・・」
そう聞きたかった、でもやっぱり最後にもう言葉が出なかった。
もう、話し掛ける勇気がなくなっていた。なんか嫌いな人に話し掛けられても迷惑かなって気持ちともう話しを聞いてくれない、僕には心を閉ざしてしまったんだろうなって気持ちで。
なにも言葉をお互い交わさないままだった。
本当にこれが最後のチャンスだったのに・・・
下足箱の神様がくれたチャンスだったのに・・・
今なら、二人きりだから誰にも邪魔されないのに・・・
初めてちゃんと話したのが下足箱だから最後も下足箱で話せば良かったのに・・・
こうして僕の高校生活は幕を閉じた。




