ゴキガキコンビ
1980年代の大学受験生のバイブルの一つは「デル単」こと「試験に出る英単語」だった。
うろ覚えだけど、著者の前書きで「テレビのコマーシャルで見るように、夏の海辺でガール・フレンドとたわむれるのも青春のひとコマであるが、ひとり部屋に閉じこもって黙々と勉学するのもまた尊い青春の姿である。どちらが諸君の将来にとって真のカッコいい青春であるのかよく考えて欲しい・・・」みたいな言葉があった。
別にこの言葉に洗脳された訳ではないが、強がりでなく高校に進学しても彼女が欲しいと思ったことはなく難関大学に向けて高1の頃から準備をしていた。
この頃の名古屋は高校間の格差解消のために、15の主要進学校を二つの学校づつで「群」を作り(全部で計15群)、群の中で学力が平均になるように合格者を振り分けていた。
つまり、A高校とB高校を1郡、B高校とC高校を2郡、そうして順々に群を作り最後にO高校とA高校が15群で一巡させることで、A高校に行きたい人は1郡か15群を受験する訳だが、受かったところで必ずしもA高校に行ける訳でなく1郡受験ならB高校に行く可能性も半分ある。こうして学校群内各校の学力格差を無くすことを目的としていた。
とは言え、机上のようにうまくこの15校が同じレベルになることはなく結果的に僕が行ったのは西高というこの15校の進学校の中でやや真ん中より下の方で現役で難関大学に行けるのは10~20人程度なのだが「デル単」の著者森一郎の言葉に勇気を貰って勉強中心でいた。
一応、進学校なので部活もラグビーなど一部を除いてスポーツ系でも高2の夏休みには引退して秋からは大半の生徒は受験体制に入るなど、それなりの進学体制にはなっていた。
高2に進級し、僕は同じクラスの柔道部仲間の丹羽、他には元サッカー部の佐谷野、地歴部の沢田達とつるんでいた。
そんな4月早々の頃のこと。
部活に行くまでに少し教室で丹羽たちと喋っていた時のこと。
突然、二人の女子クラスメイトが忘れ物があり入ってきたかと思ったら丹羽に声を掛けてきた。
「あーら、丹羽先生じゃないですか」
みたいな感じで一人の方が速射砲のように話し掛けてきた。因みに丹羽は後に現役で早稲田の法学部に受かっている。
そして、教室から出ていく前に僕の方を見るや
「あっ、噂の花谷先生じゃないですか」
と馴れ馴れしく声を掛けてきた。
『ん・・、なんの噂・・・なんかしたかなぁ・・・変な噂でも流れてる?』
と内心ドキッとしたけど、もう一人の小柄でおとなしそうな感じの子が
「学年で三番なんだよね・・・」
って小声で囁いて二人は出ていった。
確かに、高1の1月に実施した実力テストで三番だったけど、例えば日本で一番高い山は富士山だけど、二番や三番目の高さの山は多分殆どの人は知らないと思う。だから学年で三番って言っても誰も興味ないと思っていた。
しかも高1の話しである。ゴールはあくまで受験で希望大学に受かることなのでただの通過点に過ぎないから全然重視していなかった。
二人が出ていった後に丹羽に
「誰?あの二人」
と聞いたところ
「あー、ゴキガキコンビだよ」
丹羽曰く、二人とも軟式テニス部で丹羽の1年の時のクラスメイトだった。よく喋る方は高塚 吾希子で通称ゴキ、女の子のクラスメイトはゴキちゃんと呼んでいた。ホントはアキコと呼ぶらしいけどゴキコと誰かが間違って読んでのがきっかけらしい。
小さい方は長瀬 雅で小柄で子供っぽいから『ガキ』。
流石にガキはあだ名でなく丹羽達が一年の時に勝手に裏で呼んでいたらしいけど。
それなら、丹羽は長瀬のことが嫌いかバカにしてるのかなと思ったらボソッと付け加えた。
「長瀬って・・・、可愛いだろ」




