くるみの物語
河内さんとの食事に行ってから、ふとある人を思い出した。
それは2000年の出来事。
その頃の僕はサラリーマンでなく名古屋市港区で「ステーキワン名古屋南陽店」の取締役兼店長をしていた。ステーキワン以外にも回転寿司の「アトムボーイ」のFCをしている会社にいた。
店舗をオープンして3年目のこと。店舗には他に社員として1年ほど前から松本がいて、この春から店長代行として業務全般を任せ始めていた。松本以外は全員パート・バイトで計30名ほど。
このエリアは大学生が少なくバイトは高校生が中心である。
ところが、春休みに採用した1年生のバイトがいまいち育っていない。
もう、バイトに来てから2カ月近く経っている。
そろそろいっぱしの戦力になっていても良い頃なのだが、どうもそんな雰囲気がない。
バイトへの教育もこの新人バイトから松本に任せていたがちょっと早かったかもしれない。
彼に任せた理由はこちらが指導すると松本への求心力が落ちると思って。
実際、それまでのバイトは松本には少し距離を持っていて、なにかあると僕のところに来るように感じたので。だから、今後は松本が中心になるのだからバイトも松本のやり易いメンバーに変えていく必要があった。
この日、控室で社員の松本がいたときに
「波多野がいたなら今頃エースだったろうになぁ」
と愚痴とも独り言とも言えず呟いていた。
オープン時1年生だった波多野くるみは今は3年生である。彼女は2年生になってからやたら文句を言ってくるようになって、しかも他のバイトともうまくいかなくなっていた。
そして、輪をかけるように社員の松本が来てからあまり来なくなり、ついに辞めてしまっていた。
別に松本と衝突した訳ではなさそうだったのだが。
「波多野がいればなぁ」
とぼやいた正に翌日のこと。
オープン時に3年生でエースクラスの活躍をしてくるみの姉貴分だった石田優子が4人で店に食事に来ていた。
彼女は高校を卒業して近隣のJAに就職している。
但し、今日一緒にいるメンバーはとてもJAの同僚ぽくなく、男2名は少しやんちゃぽい。しかも彼女自体茶髪というかほぼ金髪に染めている。
“あのお堅いイメージのJAであのような髪の毛が認められているのだろうか?”
暫くして石田を片隅に呼び出した。
「ミスター、ちょっと良い?」
彼女は少し小太りでガハハと笑う男のように豪快な性格だったのでバイト時代『ミスター』と呼んでいたのだった。
「店長~、久し振りだね~、今日会えるかなと思って来たんだぁ~」
「ところで、JA辞めたんじゃないだろうな?」
「え・・・どうして分かるの?」
「やっぱりな、JAでその髪の色はないだろ」
どうやらとても仕事が辛くて辞めたらしい、親には土下座をして許してもらったとのこと。
なんとなく親の落胆の声が聞こえてきそうである。せっかく安定した職場に就職してこれで社内恋愛でもしてJAの人と結婚出来れば親にすれば安泰だっただろうに。
「で、今は何してるの?」
「ベイシティのラーメン屋でバイトしているんだ、一緒にいるのが店長とバイト仲間なの」
ベイシティとは車で20分ぐらいのところにある大型ショッピングセンターである。
“なるほどね、確かにラーメン屋ぽい威勢のいい感じのメンバーだな”
「じゃあさぁ、たまにはこっちでバイトしない?ラーメン屋の合間でいいから。それとくるみって今何してるんだろ、奴も戻って欲しいのだけど・・・」
「うん、バイトに来てもいいよ。それと、くるみはマルKでバイトしてるけど『辞めたい』って言ってたなぁ。私が誘ったら来ると思うよ」
マルKとは当時、名古屋での最大勢力のコンビニ・サークルKのことだった。
「じゃぁ、頼むわ。ちょっとバイトがピンチなんだ。とりあえず、一度くるみを連れて来てよ」
こうして5月の後半にミスターこと石田を交えて波多野くるみと面談することになった。
それにしても、昨日くるみの噂話をしたばかりである。
恐ろしいまでのタイミングの良さはまるで神様が台本を書いているのでないかと思ってしまうほどだった。




