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送別会のあとで

送別会の日のことだった。

もう終わりに近づいたころに転勤する30代半ばぐらいの既婚男性の伊藤雄太が奇声を上げながらマフラーを河内さんの首に巻き付けて引っ張り始めた。


『これって送別会の余興?』

人間ってあまりにも想定外のことを目の当たりにすると固まってしまうのがよく分かった。


結構、長く続いた気がする。でも、河内さんの同僚女性や伊藤と同じ課の男性メンバーとかも別に止めようとする雰囲気もない。

それどころか、周りの雰囲気もあの二人はそうだからみたいな感じになっていて傍観している。


別に誰と誰が仲良くなっても干渉することではないし、それこそどの口が言うかって僕の別の顔を知ってる人なら言うだろう。

でも、こういうことは人前で見せつけることは稚拙で大人がすべきではないと思っていたし、まして既婚者とのことならなおさら隠すべきこととの自覚はある。


しかも、社内の人の目前ならば何をかいわんや、周りからの奇異の目で見られることを気にしない人たちなのかなって。

それとも、その男の勝手な暴走なのか。それならちゃんと怒るかそれこそ不快感を示すべきだと思う。本人が言えないならこういう時こそ洞本さんとか同僚女性の役目じゃないのか。仲がいい・悪いは別としてあんまり親身になってくれる女性はこの部にいないのだろうか。


実際、これを見たあとには10年ぐらい前のメールを送った河内さんはおとなしくて可愛らしくて誰からも好かれる清楚な感じだったけど、LINEを聞いた時に咄嗟に「やだねー」と言ったり、洞本さんと一緒にいるときの悪態をついてくるのが本来の姿だったのかなって気になってきた。


ツンデレの女性ってドラマや小説の世界だけではなくリアル社会に結構多くて、周りが心配するぐらい攻撃的な女性となにかの拍子で一緒にどこかに行ったり、「奢ってよ」と言われて二人きりで食事に行くと態度が豹変して急に塩らしくなり一緒にいても違和感がないよなと思ったりしたことは今までもよくあったけど、好感度高くて誰にでも優しくてニコニコしていると思っていた人が本当は別の顔があるんだなって。もっとも、勝手にプラスイメージを抱いていただけなので大きなお世話ではあるが。


そして、先日ラシックで『河内さんなら奢ってよと言ったら断る男はそういないよ』なんて仲良かったら言ってあげるのになと思ったけれど、そんな余計な事言わなくて良かった・・・危ない、危ないと。

人の恋路を邪魔する者は犬に喰われてしまえとの言葉が頭によぎったので。


そんな送別会も終わった数日後の夕方。

相変わらず、涼葉から連絡はない。別にケンカをした訳ではないけれど、自分自身がA面とB面の二面性を持ってしまったことに気が付いた涼葉が心の整理が出来なくて苦しんでいることは知っていた。

だから、それを清算するためにお別れを選んだとしても文句は言えない。

むしろ、今まで一緒にいてくれたことを感謝するだけだから。


少し気持ちが落ちながらトイレに行こうと従業員出入口に向かったら、ちょうど帰るところの河内さんとばったり会った。

従業員出入口から給湯室まで10メートルほど、給湯室の隣りは女子トイレ。

更に15メートルほどでエレベーターホール。

その向こうに男子トイレがある。


一応、同じ部の同僚なので挨拶ぐらいはするし、変にゆっくりも早く歩くのも不自然。

なので、その時は今までのように何気ない会話を少し交わして二人で廊下を歩いていた。

少し前なら、涼葉に一瞬似ている雰囲気があって、里江と同じタヌキ顔の河内さんを見たら少しは気が紛れたけど、なんか今はきっと彼女にとってそう思われること自体がただの迷惑なんだろうなと思いながら。


すると、給湯室辺りで河内さんが唐突に言ってきた。


「ねぇ、奢ってよ」


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