【62杯目】潜入⑮
「はい、確かに持っています。最近は眠れずにいて、仕事に支障をきたすからと処方されています。
それが何か?まさか、睡眠薬で血を吐いて倒れる、なんておっしゃらないでしょうね?」
いつになく饒舌なメイド。
それは周り、特に男爵に違和感を持たせたようだった。
「ええ、確かにそうでしょう。その証拠としてよく眠っておられましたものね、男爵様が」
周りが少しざわめく。
メイドは両手をお腹の前で重ね、ぎゅっと握った。
男爵も少し驚いたようだ。
「でしたら、何の問題もありませんでしょう?ただ眠るだけの薬です」
「なぜ、私に?」
「まあまあ、そこはこれから説明します。それで、伯爵令息付きの商人の方。ひとつお聞きしますが宜しいでしょうか?」
「ああ、なんだ。先程以外にも何かあるのか?」
私の問いに御用商人は答える。
続けて私は質問をする、これが死因の本題だ。
「伯爵令息様はワインを飲む際に癖…というか、人とは違う変わったことを毎回やられてはいませんでしたか?」
「癖…変わったこと…ねぇ。ああ、あれがあったか。ワインを飲む際にミスリルの小石を入れるな。これを入れてからの方が美味しいんだとか」
ミスリルとは魔法の力を取り込んでいる金属の内、銀鉱石に魔力が取り込まれたものを言う。
ある程度の金持ちでないと所持できない代物だ。
そこに目を付けられたメイドは少しだけ顔色が悪くなっていた。
「そう、それです。両方のグラスに睡眠薬を入れた。伯爵令息様と男爵様がどっちを取っても必ず毒が出来るのは伯爵令息様の方。
そうですね?
そうそう、警備の中で魔法兵の皆さん、メイドさんから睡眠薬を貰って検証してみてください。
それに伯爵令息様が使用したグラスの中にも魔力の残滓が残っているか、も調査してくださいね」
「ああ、確かにグラスに魔力の残滓はあった。毒系魔法の魔力ではなかったがな」
警備の魔法兵の一人が応じてくれた。
私は話を続ける。
そしてメイドは沈黙して聞き入っていた。
「きっかけは確かに取引のトラブルからでしょう。ですが、この現状に至ったのはそれだけでは説明がつきません。
そこには絡まった糸が多重に存在しているのです。
まずはこの取引は正規のモノでは無いこと、裏取引や闇取引という類の物でしょう。
そして、伯爵令息様と男爵夫人様の不義、男爵様のメイドお手付きに端を発します」
「…お、おい」
余裕の様子から一転慌てだす男爵と扇子で顔を隠す男爵夫人。
項垂れるメイド。
執事は無表情で沈黙を保っている。
「これらの情報は既に精査済みです。こちらの男性、遠海さんより侯爵様にも上奏しています」
「う、うぐ…」
先程の遠海さんの耳打ちの内容はこの上奏済みの報告だったのだ。
「どれも良くないことと言えば良くない事ですが、よくある話でもありました。
ですが、例の取引の件、これはやり過ぎです。
現帝国皇帝陛下の『汝の成したいことを成せ』の『だが帝国に不利益になることをするな』からも外れました。
結果として情報が洩れて私が動くことになったのです」
正確には私ではなく、夜叉騎士…遠海さんだけどな。
「まあ、そこの取引は今回の殺害事件とは遠因ですので、置いておきましょう…後で追及されるでしょうが。
まず、殺害の初動は男爵夫人にありました。
それで伯爵令息様に強く迫って御用商人を動かす結果となりました」
顔を隠していた扇子を落としかける男爵夫人。
尚も私は続ける。
「そして、御用商人が小瓶をポケットから出し入れするところをメイドは見てしまった。
そして思ったことでしょう、『恩がある…そして、私のお腹の子の父親が危ない』と」
メイドは項垂れたまま、沈黙を通している。
「そして、ここで機転が働きます。
積極的にワインを配ることにより、御用商人が毒を入れることを阻止する。
そして、男爵様を殺そうとした原因になる可能性が高い伯爵令息様を排除してしまえば、男爵家が安泰になるのでは?と」
ふぅと一息入れて、更に私は話を続ける。
「しかし、私にはまだ疑問点が残っています。
なんでその睡眠薬とミスリル鉱石が毒生成反応を起こすということを知っていたのか、を…」




