【59杯目】潜入⑫
― 千冬視点 ―
痴情の線での噂の中心は男爵夫妻だ。
私は探るべく近づくが、話をせず聞き耳を立てる。
あまり夫婦間での会話は無い様だった。
そこで一手を打つことにした。
それは自称妹令嬢に対応させる、というものだ。
普通の貴族令嬢なら話に乗らないだろうが、この令嬢なら…と。
予想通り、乗ってくれた。ある条件で。
「男爵様、お体調は如何ですか?」
「これはこれは。いやいや、お互いに大変でしたな、侯爵令嬢殿」
自称妹令嬢がカーテシーをすると男爵は立って礼を返す。
男爵夫人も立とうとすると、令嬢は制する。
「男爵とご夫人もお疲れのことでしょう。座ったままでよろしいですのよ」
男爵夫人は立ちかけたが、礼を述べて座り直す。男爵もその言葉に従い、椅子に腰を下ろした。
夫人は扇子で表情を隠す、令嬢への視線が少しだけ険しく見えた。
座ったところで男爵が改めて問う。
「ところで、如何いたしました?御令嬢殿」
「この様な事態となり、ご迷惑をかけたことと存じます。皆様の体調が心配で伺って回ってますの」
「そうですか、それはご苦労様ですな」
「主催者の娘として当然のことですわ。そういえば…中庭で少し休まれていたと伺いましたけれど、風が冷えていましたでしょう?
お付きの方々も体調に問題はありませんこと?」
「おお、わざわざ従者のお気遣いまで感謝ですな。おい、お前ら大丈夫か?」
「「はい、お気遣いありがとうございます」」
言葉は重なってはいるが、メイドの方が礼のお辞儀がワンテンポ遅れたのを私は見逃さなかった。
そのとき、メイドの服のポケットから粉のような物がわずかにこぼれる。
そして、表情に変化はないが、一回だけお腹をさすったことが気になった。
「……それにしても、この度のことは本当に痛ましいことでございましたわね。
伯爵令息様とも親しくされていた方々は、さぞお辛いことと存じますわ」
「う、うむ。そうですな。若くてこれからもよい将来が向かえられたであろうに」
男爵夫人の扇子が少しだけぴくっと揺れる。
メイドに関しては更に表情から色が抜けて、無表情の化粧が張り付いている。
執事は特に動揺もないように見て取れた。
私は令嬢に視線で合図をする。
軽く頷き、話を切り上げる。
「…男爵様、他の方々の様子も伺いたいので、そろそろ失礼致しますわ。ご無理なきようごゆっくりしてくださいませ」
話を打ち切ろうと令嬢がカーテシーをすると、男爵夫妻は立ち上がって礼をする。
男爵が離れていった令嬢を見て、どさっと座るところが印象的だった。
私はそれを確認するとそっと離れる。
色々と収穫があったと手ごたえを感じていた。




