【57杯目】潜入⑩
私はその場を離れると自称妹令嬢が寄ってきた。
「もう、どこに行っていたんですかぁ、お姉様。迷子になったらダメですよ」
「ああ、わかったわかった…で、その様子、何かあったかい?」
巻いたんだよ、とは言えずにいた私は令嬢が得意顔していることに気づく。
そして、すっかり場を忘れていつもの調子で話してしまった。
少し後悔したような表情を出してしまう。
「先程の颯爽としたお姉様も良いですけれど、こちらのお姉様の方が好きですわ!」
貴女に好かれようとやってませんよ。
「それはそれでおいておきまして。こほん。伯爵令息と周りの関係が色々聞けましてよ」
「何?」
「お姉様はこの事件を解決しようと動いていらっしゃるのでしょう?お手伝いしたくて聞いてきましたわ」
「それは助かるが…いや、ここは素直に礼を言うべきだな、ありがとう」
満面の笑みを浮かべる自称妹令嬢。
その後、令嬢の話では以下のことがわかった。
貴族間の噂話や流言の類は馬鹿にならない。
流石は腐っても侯爵令嬢の嗜みという訳だ。
・伯爵令息と御用商人、そして男爵を絡めた裏取引の噂があり、それで金回りがいいこと
・伯爵令息と他国の通じている噂まであること
・御用商人の手綱を握っているのは令息ではなく伯爵の方という噂
・伯爵令息と男爵夫人の不倫関係の噂があり、しかもかなり確率が高いこと
・眼鏡の商家の男は男爵に弱み?を握られており、薄利で裏取引に関与させられていること
・男爵が夫人付きのメイドに手を出したらしい
・反対に男爵夫人が男爵付き執事に手を出した噂がある
うーーん、複雑な様相だ。
特に裏取引関連と痴情のもつれ関連は分けるべきだ。
それぞれ、違う目で見た方がいいだろう。
令息の他国に通じてるかどうかは一旦置くべき案件だ、この情報だけでは調査材料として弱すぎる。
そういった意味でもこれは情報共有と相談案件だな。
一時的に方向性の結論を設定し、それを持って遠海さんと合流すべく向かう。
歩き出すと自称妹令嬢が私の腕に巻き付いてきた。
今度は逃がさない腹積もりらしい。
合流すると遠海さんは自称妹令嬢に頭を下げて礼をする。
起こした頭の目には『なんで令嬢まで連れて来たんだ』と鋭い眼光が浮かんでいた。
遠海さんが侯爵の方へと視線を移す。
侯爵は知らん振りをする一方で、その家宰らしき人物がしきりに頭を下げていた。
そういう事らしい。
再び私へと視線が戻る。
「情報提供者であるお方を連れてきました」
ふぅ、とため息をつく遠海さん。
『で?』と続きを促す。
私は先程得た情報を伝えると共に相談する。
侯爵令嬢はこのやりとりが何か不思議に感じた様子だった。
元からこの令嬢は勘もいい、ひょっとしたら上司の夜叉騎士だと気づかれたかもしれない。
素知らぬ振りの遠海さんは令嬢が私の附属品の如く、最低限の礼儀の態度で話を進めた。
「では、千冬。お前は引き続き痴情の線を追ってくれ。私は本来の取引関連の事情を追う。いいか?」
「はぁい。行きましょう?お姉様」
遠海さんは『何故、お前が?』と言わんばかりに片方の眉だけを器用に吊り上げる。
私は勝手にそれを了承と受け取り、『了解』との返事だけを置いて、動き出した。




