第一章:神々の黎明(約8,000年前・佐賀 東名遺跡)
まだ、国という名すらなかった時代の話だ。
地球の息吹がうねりを上げ、温暖化に伴う縄文海進が日本列島の海岸線を押し上げていた。住みなれた森や狩場を海に奪われた人々は、生きるために新たな場所を目指さざるを得なかった。
佐賀の平野に広がっていた汽水域、そして豊かな湿地帯——後の東名遺跡と呼ばれるその地に、多様なルーツを持つ者たちが身を寄せ合っていた。
泥に足を取られ、冷たい潮風に震えながらも、人々は火を囲み、祈った。
明日もまた太陽が昇るように。恵みの潮が満ちてくるように。森の獣たちが命分けをしてくれるように。
「お前さん、怯えることはないさ」
その集落の片隅に、いつの間にか一人の老人が座っていた。ボロをまとった酔いどれの老人は、たまたま通りかかった旅の若者の前に、ひょいと小さな包みを放り投げた。
「これは……?」
「未来の種籾だ。それから、夜空の星がどこを巡っているかを記した地図じゃ。泥の中でも命をつなぎ、天の動きを知れば、飢えの恐怖からは少しずつ逃れられる」
若者が怪しんで包みを開けると、そこには植物の種とともに、見慣れぬ文様のような無数の線が刻まれた――何かの「古びた獣骨の欠片」が転がっていた。
どこか底知れぬ眼差しをした老人は、若者が問い返す間もなく不敵に笑い、ふらりと闇の中へ消えていった。
その日から、人々は万物に神宿るを見いだし、素朴なアニミズムの祈りを紡ぎ始めた。
眩い太陽の光を求めながらも、夜の闇や潮の満ち引きという「見えざるもの」への畏敬を胸に刻みながら。
――八百万の神々の原初が、そして、代々を繋ぐ「裏の系譜」の胎動が、この湿地から産声を上げた瞬間だった。




