その7 婚姻式
決戦となるミモザの婚姻式の当日を迎えた。
花嫁の控え室には、トルソーにウェディングドレスが掛かっている。アリアは、密かに部屋に入り、それをじっと見ていた。シンプルだったドレスには、自分が思い描いていたように胸元には一つずつ丁寧に作られた薔薇の花が幾つも縫い付けられ、華やかな物に変わっていた。そして、ベールに付けるのだろう。白い薔薇の生花が用意されていた。アリアがベールに手を伸ばそうとした時、後ろから声を掛けられた。慌てて振り向くとマリエッタが微笑みながら立っていた。
「お嬢様、まだお式までのお時間はたっぷりございます。手を通されてみますか?」
「え、いいの?」
「ええ。私共も最終確認に参っただけですので、逆にお嬢様に着て頂けましたら確認もしやすくなりますわ」
「そ、そう。じゃあ、貴女達の手伝いをしてあげるわ」
マリエッタが頷くと助手達が、速攻でアリアの服を脱がせ始めていた。アリアが唖然とするほど手際よくドレスアップされていく。
ドレスは自分に誂えたようにぴったりとサイズが合っていた。
「お美しいお髪ではございますが、一つに纏め上げてみましょう。その方が白い薔薇をふんだんに使うベールには似合っておりますわ」
「そうなの? 薔薇をふんだんに使うのね」
いつの間にか化粧を施され、アリアの華やかな赤い髪は一つに纏め上げられていた。
「では、いいと言うまでお目を閉じていてくださいませね」
アリアはマリエッタの言葉に素直に従って目を閉じた。頭にベールが乗せられるのがわかった。薔薇の生花がつけられていくのがわかる。
「お嬢様、さあ、ご覧ください」
マリエッタに促され、アリアは目を開けた。鏡に映っているのは、たくさんの薔薇の中に現れた清楚な美しい花嫁の姿だった。
「……綺麗」
「ええ。とてもお綺麗ですわ。これは、お嬢様のためのお式ですわね」
「私のための式……」
アリアは悔しそうに顔を歪めた。もう一度、鏡の中の自分を見ると鏡の端にミモザの姿が映っていた。
「これは、ドレスの確認を手伝って」
「綺麗ね」
「当たり前よ。元からあんたとは出来が違うのよ」
「そのまま式に出たら」
「な、何を言ってるのよ」
ミモザはアリアの側まで行くと、徐にベールを顔の前に下げた。そして、彼女の肩を掴み鏡の方へ向き直した。
「これなら誰が式に出ててもわからないわ」
ミモザのいう通り、目立つ赤い髪もベールの中に収まっている。下ろしたベールで顔もはっきりしない。確かに誰もこれがアリアだなんて気付かないだろう。
「フリット様の隣に立っていいのは私じゃない。立つべき人が立つべきだわ」
ミモザのこの一言でアリアの気持ちは固まった。そう、フリットの隣に立つべきなのは自分なのだと。
小広間の一角に設けられた宣誓台にこの日の為に呼ばれた司祭が立ってる。そして、その前には、白いフロックコートを纏ったフリットが作り笑いを浮かべて立っているように見えた。アリアは、伯爵の腕に手を添えて宣誓台に向けてゆっくりと進んでいた。間近にいるというのに伯爵は花嫁がミモザからアリアに変わった事に気付かない。アリアは、マリエッタの施した装いが完璧なのだと自信を持った。実際には、元より興味の無いミモザのことよりも次の事業計画について伯爵の頭の中は一杯だっただけなのだが。
親族に見守られる中、司祭による宣誓文が読まれ、宣誓書にサインを促された。フリットが躊躇いなく署名をしたのを見ながら
アリアは躊躇した。このまま、自分の名前を書けば正式にアリアが妻となれる。しかし、それがバレればどれほどの問題になるのか彼女ですらわかっていた。司祭に『署名を』と急かされた。アリアは、ペンを取り震える手で署名をした。
広間は拍手で満たされた。フリットがアリアの耳元で思いもしないような言葉を囁いた。
「ミモザ、そのドレスは清楚な君に似合ってるね。後で君の美しい姿を良く見せて欲しいな」
彼は振り返り、皆ににこやかに手を振ってから礼をした。アリアは今の言葉が聞き間違えであるようにと願いながらも彼に合わせるように頭を下げた。
アリアは、フリットの腕に手を添えて宴席となる隣の大広間へと移動した。フリットは終始にこやかに来客に挨拶をしている。その度にアリアは無言で会釈をしていった。
ワグナー侯爵の前に行くとフリットは、一際嬉しそうに破顔した。
「フリット、伯爵家に婿入りしたのだから精進するのだぞ」
「はい、父上。ミモザと共に伯爵家を盛り立てて参ります。ミモザにはいろいろな噂が立っていますが、実際には真面目で優秀な女性ですし、何よりとびきりの美人ですし。彼女と一緒になれたんです。仕事も一生懸命勤めます」
「まあ、仲良くやれ」
アリアはだんだん居たたまれなくなってきた。自分の前で言ったことのない褒め言葉がミモザに対しては次々に出てくる。何が起きているのかわからなくなっていった。
アリアは、フリットと共に各テーブルに挨拶をしてから席に着いた。その様子を伺い見るメイドがいた。髪を一つに引き詰め眼鏡を掛けた彼女は配膳を手伝いながらその時を待っていた。高位貴族の多いこの場にメイドの顔を見定める者などいなかった。彼女が誰なのか誰一人気付くものがいない事に笑いが込み上げて来るのだった。
どうやらその時が来たようだ。後部の扉が静かに開いた。従者を従えた美しい男がそこに立っていた。まるで今日の主役が登場したように堂々と中央を練り歩くように新郎新婦の座る席に向かっていった。
「めでたい席に遅れてしまって申し訳ないね。仕事が立て込んでいてこの時間になってしまった」
伯爵が慌てたように前に出た。
「レイモンド・キレルド小公爵様、良くお出でくださいました」
伯爵が彼の名を呼んだことで漸く来客達が、彼がキレルド公爵の嫡男のレイモンドだと気付いた。彼の美貌は噂になっていたが、夜会などにはほとんど出席せず、出てきても仲間内と顔を出すだけで直ぐに消えてしまう事でも有名であった。なるほど、これほどの美人ならば噂に立つのもわかるとばかりに皆納得していた。
「さて、私が折角祝いに来たのだ。美しいと評判の花嫁殿のご尊顔を拝見したいものだな」
レイモンドの美しさに見惚れていたアリアがびくりとし体を強ばらせた。
「ええ、是非とも。そういえば、ずっとベールを下ろしたままだったな。ミモザ、ベールを上げろ。さあ、小公爵様にご挨拶せぬか」
フリットも席を立ち、動かぬアリアの腕を取って無理矢理立たせた。アリアが小刻みに震えていることに不思議に思いながらも彼女のベールに手を掛けた。アリアは、それを拒絶するように頭を左右に振っている。
「随分とこの花嫁は内気と見える」
「ミモザ、恥を掻かせるな」
伯爵がアリアの元に行き、ベールを引き剥がした。新婦の席には顔を青くしたアリアが立っていた。
「ア、アリア?」
「何故、お前がここにいる」
「……」
アリアの顔を見たワグナー侯爵も怪訝な顔で伯爵の顔を睨んだ。焦る伯爵に追い討ちを掛けるようにレイモンドが言葉を発した。
「招待状には、ミモザ嬢とあったがアリアと呼ばれた貴女がミモザ嬢なのか?」
「小公爵様、これは何かの間違いでして」
「トルネン伯爵、私にも説明して頂こうか」
「ワグナー侯爵、これは私にも訳が解らず、何故ミモザの代わりにアリアがいるのか」
アリアの隣にいるフリットが狼狽えながらもアリアの肩を掴み、彼女を問い詰めた。
「どうして、ミモザじゃなく君がここにいるんだ!」
「どうして? ここは私がいるべき場所だわ! この子と一緒に貴方の隣にいるべきなのは私よ!!」
アリアの叫び声にも似た訴えは会場を震撼とさせた。




