その8 エピローグ?
レイモンドはついにやついてしまった事に気付いて、咳払いで誤魔化した。
「フリット、説明をしろ」
「父上、私にもわかりません。何故アリアがここにいるのか」
アリアは、フリットの言葉を受け怒りが込み上げてきた。
「何故ここにいるのかわからないですって? 貴方の子を身籠ったのは私、アリアよ。侯爵様に打ち明けられないって言ってお父様に相談したんじゃない。私は嫌だって言ったのに形式的にはミモザを妻にして私達の子供をあの女の子として申請しようって。何が本当の妻で母親は君だなんて言っておいて、ミモザと伯爵家を盛り立てる? 美しい姿を後でゆっくり見せてくれ? いい加減にしなさいよ。フフフ、婚姻契約書に書かれたあんたの婚姻相手の名前を確かめたの?」
「ア、アリア何を言っているんだ!」
「あんたの妻は正真正銘、わ、た、し。ハハハ」
侯爵夫人が倒れた。周りの者が彼女を支えている。それを見て侯爵の怒りが爆発した。
「トルネン! どういうことだ! 私を騙したのか!」
「そちらの息子がアリアに手を出したのだ。私の責任ではない!」
「ならば何故、長女と婚姻させようとした!」
「貴方がアリアでは認めんかったからだろうが」
二人のやりあいに会場は呆れる者と明日の話題となるばかりに乗り出して見守る者へと分かれていた。
「随分と恥さらしなことを。私からの祝儀がまだだと言うのに」
レイモンドの通る声に二人が一瞬押し黙った。彼が合図をすると三人の男達が広間に現れた。三人共、見事な赤髪を持った中年男だった。
「今は落ちぶれてしまったが、この者達は元は立派な貴族だ。伯爵夫人がトルネン家に入る前の上客だと聞いてな。折角の祝いの場であるから付いて来てもらった。おや、そこの新婦にそっくりな髪色なのだな」
ターラは、目を見開き彼等を見ている。
「いやあ、ターラ。元気だったか。伯爵と組んで俺達から搾り取った金で随分豪勢な暮らしぶりじゃないか」
「ハハ、これが俺達の娘か。それとも赤毛は他にもいたか?」
「な、何を言ってるのよ。あんた達なんて知らないわ」
「ターラ! どういうことだ!」
「知らないわよ!」
今度はこちらの見世物が見物となっていた。
「さて、最後の余興と行こうか」
まだ何かあるのかと客達は次から次への展開に付いていけないようだった。
「夫人、お入りください」
レイモンドに呼ばれて入ってきたのは、艶やかな金髪を結い上げ、きりりとした面差しの美しい女性だった。
「メリッサか?」
「伯爵、メリッサ殿は再婚されて、今はラックウェル侯爵夫人だ。呼び捨ては如何なものかな」
「……」
「ご無沙汰しております。トルネン伯爵。娘の婚姻式と伺って小公爵様のお供に加えて頂きましたが、そちらのご令嬢はどちら様でしょう。どう見ても私のミモザではないようですが」
「それは……」
「どなたの式から存じませんが、折角参りましたので、これは私からのご祝儀でございます」
メリッサが出した紙をレイモンドが受け取った。
「ほう、これはトルネン家からコナーズ家への金銭借用書ですな。夫人、返済はなされておりますか?」
「いいえ。一モルンも返されておりません」
「これは異なこと。借金をして返していないとは。伯爵家はそれほど貧窮しておったのか。私としたことが不覚であった。そのような男に事業計画を持ち掛けてしまった」
「期限が書かれていないという理由から返されておりません。私が離縁されて三年も経ちましたので、そろそろ返して頂こうかと、侯爵家にこの証文を買い取って頂き、この度公式に返還請求を国に訴えたところでございます」
「何だと!」
「それは、正しい判断をされた。さて、伯爵、我が家との事業計画だが白紙とし、賠償を請求させてもらう事にした」
伯爵は信じられないという顔でレイモンドを睨み付けた。
「何を言っている。損失も受けていないのに何が損害賠償だ」
「契約書をよく読んだのか? 『不利益、不名誉な行為が認められた場合、賠償を課す』とあっただろう。このような男と契約を結び、今日のような席に私が呼ばれたなど父に知られれば一生の恥と叱責を受けるは必然。正式に賠償請求をさせてもらう」
「ば、馬鹿な。若造、この私を嵌めたのか」
「この場にいる方々もお聞きになられたかな。小公爵のこの私に不敬だ。この事も付け加えさせてもらおう。さあ、客人達もそろそろこの茶番劇に飽きたところだろう。お開きにして、皆、今日の感想を家に帰られて夕食の摘みにでもなされば良いのではないか。ハハハ」
レイモンドは、高らかに笑うとメリッサを引き連れて広間から出て行った。扉が閉まるとそこに立っているメイドに声を掛けた。
「こんな結末で構わなかったかい?」
「結末よりもレイが殿方だった方が驚きだわ」
「道々、謝るから今は一緒に行こう。ミモザ」
眼鏡を外したミモザは頷いてから、メリッサを見た。
「お久しぶりです。お母様。」
「今日まで迎えに来れなくて、ごめんなさいね」
「いいえ。迎えが来た事が嬉しいです」
レイモンドは、まるで涙を我慢しているように眉間に皺を寄せた。ミモザはふわりと微笑み、レイモンドの手を取った。
「行きましょう。ここに残る必要は私には無いわ」
「ああ、行こう」
トルネン伯爵家は、ワグナー侯爵、キレルド公爵家、ラックウェル侯爵家からの訴えが表沙汰になると、我も我もと被害にあった人々から次々に訴えられた。結局、財産と領地が没収され、爵位も返上する事になった。
ワグナー侯爵は、トルネン伯爵に賠償金は求めたが、息子のフリットの不始末でもあるため、彼を廃籍したが生まれて来る子に罪はないと侯爵家の管轄する領地の中で一番小さい土地の管理者として雇う形を取った。勿論、妻となったアリアも一緒である。しかし、式でのフリットの発言に納得のいかないアリアとは事ある毎に揉めていると言う。子が生まれれば少し落ち着くだろうと周りはみているが果たしてどうだろうか。
ターラは、前職を暴かれ、伯爵夫人という地位も失ったが、そそくさとゼイラルの元を離れ、老男爵の世話係という職を手に入れたという。強かな彼女の事である直ぐに自分の地位を確立するのだろう。
ミモザは、キレルド公爵家の後ろ楯を条件にメリッサの再婚相手であるラックウェル侯爵家の形だけの養女となった。暫くは自分の元で甘えさせたいとメリッサに懇願され侯爵家に厄介になっている。
「レイ、ミモザ嬢放っておいていいの?」
「侯爵家には、まだ婚約していない嫡男がいたな」
「うん。カイルだろ。彼、とっても好い人だよ。優しいし」
レイモンドは、面白くなさそうな顔をして二人を睨んでいる。
「レイ、彼女に告白はしたんだよね」
「おお、あの後の進展は俺も聞いてないぞ」
レイモンドは、伯爵に対する訴訟やらで忙しく、ミモザをメリッサに預けっぱなしにしてしまった事を後悔している最中だった。こんなに会えなくなるなんて思ってもみなかったのだ。
「訪ねて行けばいいじゃん」
「或いは呼びつけるとかだな」
大胆な事をやってのける男なのだが、事恋愛に関しては呆れるほど奥手な厄介な男だと二人は思い出した。そこで二人は一計を巡らせる事となる。
とある夜会に参加する事となったレイモンドは、混じり合う香水の匂いに胸焼けがして一息入れようと庭に出た。庭木がこんもりと茂っているところに小さいベンチを見つけた。一目に付かない良い場所を見つけたと腰かけて溜め息をついた。不意に後ろから声を掛けられた。
「溜め息なんてつかれて。何かありましたの。二度と会わない見知らぬ者にお話になってみるのも酔狂かもしれませんわよ」
「二度と会わないなんて随分だね。でも、一つの笑い話として聞いてもらおうか」
そこには、優しく微笑むミモザがいた。
「今日も歩いて帰るのかい?」
「ふふ、それもいいけど。貴方は送ってくださらないの?」
「送ったら、帰したくなくなる」
「じゃあ、帰さなければいいわ」
レイモンドはそっと彼女の手を取った。
「踊らなくていい?」
「それはまた今度。今日は貴方と話したいわ」
二人は何やら小声で話ながら停車場の方へ消えて行った。
木陰から二人の姿を見ているドラルとマルコフという悪友二人は、お互いを叩きながら、笑い声を抑えるのを涙を流しながら必死に堪えていた。
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