その5 思惑
レイ達が荷物を纏めようとしているとノックも無しに扉が勢い良く開けられた。燃えるような赤い髪に金色の瞳を持つ可愛らしい見た目の令嬢が仁王立ちをして立っていた。ウェディングドレスを着たままのミモザを憎々しげに睨んでいる。彼女が義妹のアリアなのだろう。ずかずかと部屋に入って来たアリアが、テーブルに置かれていたベールを掴みじっと見ている。レイはすかさずアリアの側に立ち彼女に声を掛けた。
「お嬢様は、新婦様の妹様かしら」
「そ、そうよ」
「ベール、お気に召して」
「え、別に」
「折角ですもの。お着けになってみませんか。新婦様、構いませんよね」
「ええ、どうぞ」
レイは、半ば強引にアリアの手を引き、姿見の前に立たせた。
「お髪を少し触りますね」
広がった彼女の髪を後ろに流し、ベールをそっと頭に被せた。アリアは、鏡に映るベールを着けた自分の姿にぼうと見つめている。
「とっても似合ってらっしゃるわ。まるでお嬢様に誂えたみたい」
思わず口許が緩んだ。自分の花嫁姿を想像しているのだろうか。ふと、鏡の端にドレス姿のミモザが映っていることに気付いた。乱暴にベールを外すとレイに投げ渡した。
「私には地味だわ。地味なお義姉様には丁度いいわ。ドレスも随分とシンプルね」
「そうですね。少し寂しいかもしれませんね。お嬢様みたいに華やかな方ならシンプルなドレスが映えますのにね」
「そうね。私なら着こなせそうね」
「マリエッタさん、参考の為にお嬢様のサイズを測って差し上げましょ。さあさ、お嬢様ご遠慮なさらずに」
「え、いいわよ。ええ、待ってよ!」
マリエッタはアリアに有無を言わせぬようちゃっちゃと採寸をしていった。アリアは訳がわからぬままされるがままになっていた。ミモザに文句でも言いに来たのだろうが、マリエッタとレイに毒気を抜かれたのか、特に何も言わずに部屋を後にした。
「レイ?」
「うふふ。面白い事になりそうだわ。ね、マリエッタ」
「はい。お嬢様、レイ様はこんな方ですが、決して悪い方ではございませんので悪戯は大目に見て上げてくださいませね」
「は、はい?」
アリアは、部屋に戻り鏡台の前に座った。鏡に映る自分を見て先ほどのベール姿の自分を思い出していた。
――あのベールに白い薔薇の花を飾り付けたらきっと華やかになるわね。ドレスにも胸元辺りに薔薇を……私ったら何を考えているのかしら。あれを身につけるられるのはあの女なのに。今更だけど、どうしてフリット様はお父様の意見に反対しなかったのよ。あんな女を隣に立たせて平気なの。
むしゃくしゃしたアリアは、寝台の側まで行くと枕を振り回した。
「どうしてよ! みんな、みんな大嫌い!!」
中から飛び出した羽が部屋中に豪快に舞っている。アリアは、息を切らしながら、唖然として立っている侍女をじろりと睨み付けた。
「ちょっと、お茶にしたいわ。お腹も空いたから何か食べる物も持ってきてよ」
「あの、お嬢様。あまり召し上がらないようにと奥様が」
「何言ってるのよ! 私一人じゃないのよ! この子が空腹だって言ってるのよ。さっさと持って来なさいよ」
「は、はい。直ぐに」
アリアは、子供の事も隠す様子もなく口にした。侍女と入れ替わりに母ターラが入って来た。部屋の散らかり具合を見て、怪訝な顔をしている。母の顔を見た途端にアリアは涙声で訴えた。
「お母様! あの女がウェディングドレスの仮縫いをしてたわ」
「ええ、知ってるわ。それでこの有り様? 使用人の前だと言っても子供の事を口にしないように何度も言ったわよね。覚えてないの?」
「だってぇ。あの女がフリット様と結婚してしまうのよ」
「もう少しの我慢と言ったでしょ。可愛そうにあの子は、出産したら日だちが悪くて……ね」
「どういう意味? 何が可愛そうなの?」
「わからないならそれでいいわ。私に任せておきなさい。可愛い私のアリアのためなら悪いようにはしないわ」
アリアは、母に抱きついた。母の言うことは良くわからなかったが、今更どうにもならない。任せろと言うのならば、任せるしかないと思った。ターラは、アリアの頭を撫でながら呆れた顔をしていた。
――もう少しこの子の頭が良かったら、私が苦労しなくても良かったのに。あの馬鹿息子を誑し込んで孕むまでは上出来だと思ったら詰めが甘いのよ。無口なあの娘のことを処分しなくちゃならなくなったけれど、後少しでこの家毎、私の物になるのよ。アリアには頑張ってもらわなくちゃ。
「お腹の子のためにも食べ過ぎは良くないわ。式の時にお腹が目立つのも困るでしょ。それと暴れるのはもっと駄目よ。大事な体なんだから。元気な子を産んで頂戴。この子はこの家の跡継ぎなんですからね」
「わかったわ、お母様」
トルネン伯爵は、頭を抱えていた。ワグナー侯爵家との縁を優先してフリットを選んだが大失敗だった。次男とはいえ侯爵家の子息があそこまで馬鹿だとは思わなかった。傀儡にするにしてもあまり馬鹿すぎても使い難いものだ。馬鹿はこちらの想像を超えて何を仕出かすかわからないからだ。
――ミモザを宛がってやったのに我が家の商品アリアに手を出しおって。高位貴族に高値で売るつもりが後妻にしかならなくなった。アリアもアリアだ。ターラの娘だと言うのに計算も出来んのか。自分を安く売りおって。狙うならもっと高位で金のある家を狙え。きちんと教えておったはずなのに、あの頭では覚えきれんかったか。
伯爵は新しい事業計画書に目を通し始めた。なかなか旨味のありそうな内容だった。相手が公爵家と言うのも信用が置ける。上手い話が向こうから舞い込んでくるとは、なんて自分は引きが強い男なのだろうと得意気に思った。上手くすれば、アリアに被った損益を取り戻せるかもしれない、いや自分が手掛ければそれ以上の利益を上げてみせてやろうではないかと一人ほくそ笑んだ。




