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【完結済】見知らぬ者として会った貴女のために  作者: 紙垂川 比依子


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その3 裏付け

 フリットとミモザの結婚式は、一ヶ月後に決まった。ミモザは、久しぶりに父から声を掛けられた。『式の後、アリアと共に領地に行き、産み月まで人目に付かぬようにしていろ』と命じる言葉だったが。



「ミモザ嬢の結婚が一ヶ月後に決まったそうだ。父の所に招待状が届いた」


ドラルが、レイモンドに知らせてきた。


「噂によると既に子が出来ていて、式を早めたそうだ」

「妹の間違いじゃないのか?」

「招待状にはミモザ嬢の名が書かれていた」

「ほとんど話した事もないんでしょ。なんか怪しいよね、その話」


 レイモンドは、憤然とした面持ちで、二人を見た。


「裏を取ってみるか」

「おう、いいじゃないか。やろうぜ」

「家の情報網をなめないで欲しいよね」


 その日から三人其々の調査が始まった。



 ドラルは、トルネン伯爵家に勤める使用人に金を渡し、フリットとアリアの今までの行動を探ぐることにした。


 金をもらった侍女は、過去のアリアの予定を記録していた帳面をドラルに渡した。帳面には、二人の落ち合い方、行きつけの店に密会に使っていた宿等々が詳細に記載されていた。

不足する部分は、彼女自身がドラルに伝えた。

 

 先ず、落ち合い方なのだが、フリットは伯爵の留守を狙って伯爵家を訪れ、アリアの部屋によく上がり込んでいた。これは、伯爵の予定を把握しているターラの手引きであったという。見映えのするアリアにより多くの支度金を積みそうな相手を探していた伯爵には、知られてはならなかった。


夜会の帰り道も多かった。行きにはミモザも馬車に乗せて行き、彼女を置いてくればいいのだから、実に簡単だ。二人は、社交もせずと言ってもまだまだ親の権力が強い家に婿入りする侯爵家次男と見目はい良いが所詮それだけの平民上がりの庶子である。周りが特に興味を抱かなくても仕方がない。ミモザはミモザで素行が悪いと噂されている。下手に関わりたくはない。姿が見えなくても(実際には隠れているだけなのだが)これもまた気にされるほどのものではなかった。


 行きつけの店は、意外にも庶民的な店が多かった。侯爵家も伯爵家も金の管理は親がしていた。侯爵は、厳格な人物であった為、婿入り先が決まっているとはいえ、いつまでもふらふらしているフリットに余分な金は渡さなかった。


 これに対し伯爵は、金に煩かった。常に利益を上げる事が一番であった。したがって、後の利益に繋がるのならば金は出すが、それが認められなければ一切出さないという徹底ぶりだった。アリアも良い嫁入り先を見つける為、見映えのする物を厳選して身に付けさせていただけで金銭的自由はなかった。


 売れ先の決まっているミモザに至っては、母親から譲り受けた物や、以前からの持ち物を使い回させていた。金銭的余裕のない二人が密会に使っていた宿も街中にある安宿で怪しい者まで行き来するような場所だった。したがって、伯爵邸で会う方が安全且つ費用の掛からない方法であったようだ。二人を手助けしていたターラにとっては、娘の恋を応援するというよりは、上手くすれば伯爵家後継の座をミモザに取って代われるかもしれないという思惑があったと思われる。


 話を聞くため金を掴ませたはずのドラル本人が、『それにしても主の事をよくこれだけバラすな』と思ったほどだった。後から聞いてみたところ、アリアはかなりの我が儘娘で些細な事でも直ぐに手が出るそうだ。ついこの間、この侍女の事を『紅茶がぬるい』と言って叩いたばかりだった。男爵家の出である侍女が、ドラルに強力したのは『元は平民の癖に』と腹に据えかねていた為らしい。彼女自身が、ほとほと愛想が尽きていたのだと言っていた。



 マルコフは、アリアを診た最初の医師を漸く探し出した。


 今、主治医としてアリアを診ている医師を特定するのは簡単だった。ところが、最初に診た医師は、なかなか見つからなかった。


 さて、これだけ見つからないのならば、産婆に診てもらったのかとも思ったが、アリアの言葉から医師に間違いなさそうだ。マルコフが、探しあぐねていた時に偶然耳にした。潜りの女医者がいると。


 侯爵令息のフリットが潜りの医師に診せたとは思わなかったのだ。確かにアリアの腹の子は不貞の子であり、ワグナー侯爵に知られる訳にはいかない。そこからの選択だったのだろうが、万が一にも大事な妻子をそんな人間に診せるのだろうかとマルコフが疑問に思った為、初動が遅れたのだ。漸く見つけた女医師は、かなりの年配だった。


 しかしながら、矍鑠(かくしゃく)とした人でカルテもきちんと付けていた。身元の不確かな者や訳有りな者を診ることを生業にしている医師だった。


何故、フリットがそんな人物を知っていたのか疑問に思ったが、女医者に直接会って話したところ、彼女の知り合いは、なんと現伯爵夫人ターラであった。元々ターラは高級娼婦で、トルネン伯爵と何処で知り合ったかは知らないが、当時二人は情報やら、脅しになる種を売買する利害関係にあった。


前夫人であるメリッサの生家の子爵家に関する詳細な事情も彼女の情報収集に寄るものだった。彼女の伝(つて)で人を雇い詐偽紛いの商談をでっち上げ、裕福だった子爵家を没落寸前まで追い込んだのだ。言ってみればその立役者は、ターラであったと言っても過言ではないだろう。


 娘のアリアが体調について、先ず相談したのは、恐らく母親のターラだ。そこでターラは知り合いの女医者に診せるように手配をした。対面を考えたと言われればそうなのかもしれない。しかし、マルコフは、それならば秘匿義務のある主治医に診せても良かったのではないかと考えた。女医者が笑った。


「あの女が損得無しで事を運ぶ訳がないだろうよ。たぶん、娘には子など産んでおらぬように取り繕って、金のある家に売るんだろうよ。娘もなかなか可愛い顔をしておったしな。まあ、顔だけでは判断出来んか。そう言われてみれば、あの娘自身も強かな臭いがしておったわ。ターラの娘じゃしな。ヒヒヒ」



 レイモンドは。伯爵家の金の流れを追っていた。


 元々トルネン伯爵家は、伯爵とは名ばかりの生活をしていた。そのような家に生まれた現伯爵ゼイラル・トルネンは、商才に恵まれていた。子供の頃から目鼻が利く子で家が営んでいた商会の荒を指摘し、的確な投資を提案していた。


 伯爵も彼を頼りにしていたのだが、ここで一つ当主として自分も力量を見せなければと手を出した取り引きで詐偽にあった。折角ゼイラルが築き上げた財も父のせいで泡と消えてしまった。そこから彼は、金に執着するようになる。自分で稼いだ金は自分だけの物という考えになっていった。妻であろうが娘であろうが、彼にとっては他人であり、金に変わる生きた商品に過ぎなかった。


 そんな彼が、最初に迎えた妻メリッサの生家であるコナーズ子爵家は、良質な薬草の育成で名が知れていた家だった。ゼイラルは、自分の商会の取り引き先としてコナーズ家と知り合った。メリッサを娶った事により、商会は優先的に薬草を手に入れる事が出来るようになった。初めの内はお互い利のある関係であった。


 しかし、時が経つと商会側からの要求が大きくなっていった。それに答えようと子爵家は、薬草畑を拡張していった。これによって商会は、十年間もの間利益を得ることになる。商会が、大きく飛躍したのは、子爵家のお陰だといって間違いないだろう。


 天候不順の年があった。子爵家の薬草畑は規模が大きい分、被害も大きかった。商会に多額の貸付金があったのだが、経営不振を理由に返金を断られた。携わる使用人も多く給与を払うのに借金をすることになった。その借入先を伯爵が紹介した。雪だるま式に増えていく金利は、子爵の財政を急激に圧迫していった。最終的に子爵は、薬草畑を手放す事になってしまった。


その畑を手に入れたのは伯爵の息のかかった商会だった。元を正せば子爵に金を融通した先も伯爵の傘下の者であった。要するに子爵家は、伯爵に嵌められたのだ。伯爵は、メリッサと離縁する事によって、用済みとなった子爵家と完全に縁を切ったのだった。

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