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008⚫️港湾シェルターβ-12:三十二時間の回転木馬

港湾シェルターの防酸扉が閉じ、ドックの底から汚染海水の排水が始まる。

壁面スピーカーに自分の声が響く。

「排水完了まで残り十分。各班、マニュアル第十四に従い初動配置につけ。一秒を惜しめ。ただし手順は省くな。言うことをきかん者は、敵艦を沈める前に、私が海に蹴り落とす。」

笑いが起き、張り詰めた空気が少しだけ和む。

よし、全員下艦だ。ここからは整備士として作業開始だ。


クレードル固定完了。直ちに天井から中和剤スプリンクラーが降る。

白い蒸気が一気に立ち込め、視界が薄乳色に曇る。

制御室パネルの隅で、カウントダウン〈32:00:00〉が赤く点滅を始めた。

ここからは段取りの勝負である。


【第1フェーズ:剥離と診断(00:00–06:00)】

中和剤が滴るうちから、高圧ウォータージェットを積んだ自走ユニットが

外板を舐めるように走査し、旧被膜を強制剥離していく。

続いて超音波探傷と渦流探傷、局所は内視鏡で補う。

「整備長、外板診断。」

「前回比、腐食孔+3、深層圧での微細クラック+2。パッチ溶接とセラミック溶射を並行で当てます。」

飛沫帯境界は特に荒れている。

酸の濡れ乾きサイクルに晒された痕が、白い縁取りとなって走る。

ここを見逃せば、次の出撃で内側から壊死する。

検査班の赤いマーキングが、外板の地図を塗り替えていく。


【第2フェーズ:外科手術(06:00–18:00)】

もっとも過酷で、もっとも静かな時間である。

溶断の火花と循環ポンプの低い唸りだけが響く。

「推進器ハブ分解、前縁ベアリング点検開始。規定トルクで行け。」

「アノード配電、E-3回路を全引き直し。絶縁不良は全部石英被膜ケーブルへ換装。」

ドックの底では、防護服の隊が防食板を一枚ずつ正味合わせ、

開先角度を確認してから溶接に入る。

温度チョークで歪みを抑え、冷間側にセラミック溶射を追い塗りする。

音と匂いが積み重なり、艦は外科手術を受ける静けさに沈む。

中間審査。

「整備長、E-3のアノード電流配分はどうか。」

「偏り是正完了。区画間電位差は規格内。防食電流はE-1から3%転用で安定。」

燃料SOAとにらみ合いながらのやり繰りである。

行動時間と外板寿命の二律背反を、ここで折り合わせる。


【第3フェーズ:再塗装の儀(18:00–28:00)】

ドックの空調が姿勢を変える。

温湿度プロファイルは設定湿度12%、吹出温度は塗料仕様に合わせて段階制御。

「厚膜トップコート第一層、塗布開始。硬化待ち120分、空調全開で維持。」

静電塗装アームが滑るたび、銀灰の皮膜が新しい表面をつくる。

数十μmの積層が戦海での寿命を延ばす。

第一層がゲル化を超え、硬度試験が規格を通過。

「第二層、塗布。走行速度+8%。重ね代に注意。」

外板の細かな縁ー舵先端、取水口周り、飛沫帯境界ーに手噴き班が追従する。

可視化ライトがピンホールをあぶり出し、班長のチョークが一点ずつ潰してゆく。


【第4フェーズ:覚醒と充填(28:00–32:00)】

残り四時間。

「燃料SOA計測完了。補機テスト良。気密試験、全区画パス。トップコート硬化率99.8%。」

「ソナーアレイ素子、熱履歴補正完了。キャリブレーション偏差、規格内。」

「電装リハーネス、絶縁抵抗合格。バッテリー群、充電率98%。」


各班の「パス」が制御室の壁一面を緑で埋める。

残り時間〈00:29:50〉。深く息を吐く。

私はカップに冷えたコーヒーを注ぎ、窓越しに艦を見る。

ライトの下で、我が艦は銀灰の肌を取り戻し、鋼の猛獣のように静かに横たわっている。

「全班、ご苦労。見ろ、あの輝きを。」

艦体の曲率に沿って、塗り重ねた膜がわずかに呼吸しているように見える。

材料と表面の戦いを、今は制した。


「出港まで三十分。最終点検、タイトに。いいか、これは整備の終わりではない。次の戦いの始まりだ。」

誰かが小さく笑い、別の誰かが工具箱を閉める音がした。

制帽のつばを指で正し、再塗装の匂いがまだ残る艦橋へ向かう。

防酸扉の向こうで、新たな酸性嵐の予報が、次の行動可能帯を告げている。

「さあ、パーティー会場に戻るぞ。Let's Dance だ!」

我が戦友たちが不敵に笑った。


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