070●ヘラクレスとヒポクラテス
「お前たちが魔物だろうとニンゲンだろうと関係ない。ワシは‘腕’を見込んで雇ってるんだ。現場には、お前らみたいなヤツが必要なんだよ。」
監督の割れ鐘のような声が、砕石場の奥まで響いた。
「ありがたいんですけど・・・。」
ガウが頭をかく。
「オレたち、そろそろ旅に出たいんですよ。」
「ふん!若いな。」
監督は大きく息をつき、肩を落とした。
「・・・しかたがない。みんな、がっかりするだろうがな。」
「ごめんなさい、監督。」
わたしは胸の前で手を合わせた。
「わたし、ガウと一緒に、まだ見てない場所、もっと行ってみたいの。」
監督は、しばらく黙ってわたしたちを見ていた。
その目は少しだけ。寂しそうに見えた。
「・・・いい。もう、わかった。」
監督は、懐から封筒を出した。
「ふたりとも、族名を名乗る許可が下りた。ガウには‘ヘラクレス’。リンリンには‘ヒポクラテス’だ。どちらも古い魔物伝承から取った‘祝名’だ。」
「えっ、‘いわいな’・・・いいの?!」
思わず声が上ずった。
「族名って、すっごく貴重じゃない?名誉だよ!」
「名づけはタダだがな。」
監督はぶっきらぼうに言いながら、どこか誇らしげだった。
「お前らの働きぶりに、上から‘勧奨’が来た。ワシはただ、伝えるだけだ。この証明書を持って行け・・・気をつけてな。」
旅立ちの日。
建設現場のみんなが、総出で手を振ってくれていた。
胸が、きゅんとなる。
ああ・・・こんなに好きだったんだ、この現場。
「ガウ・・・泣いてるの?」
「な、泣いてない! 砂埃が目に入っただけさ・・・。」
「ふふ。無敵の‘ヘラクレス’だもんね。」
「お前こそ、リンリン・’ヒポクラテス’だろ。」
ふたりは何度も振り返りながら、手を振り続けた。
その道の脇で、バッタが小さな影になって、その旅立ちを見送っていた。




