041⚫️遺構内部:ログ再生
入口は思ったより低い。
マチルダが身を屈めると、継ぎ目のシールが長年の圧を解くように細い息を吐き、
扉はダンパと自重だけで内側へ沈んだ。
金属と乾いた風、そしてごく薄いオゾン。
朽ちや黴の気配はない。
ハロー(治癒圏)の安定空気が等温・等湿で内部を守り続けてきたのだ。
「照度二〇%か。ボビー副長、記録系は生きているか。」
「回っています。映像・音声・サンプル、ローカルと艦へ二重記録。」
「空気成分に問題はないな。」
「外界と同圧。酸濃度は検知限界未満。ここも治癒圏内です。」
通路の案内板は印字を失っているが、エンボスだけが陰影を保つ。
壁面は均一の微細塵膜に覆われ、人の摺痕は皆無。
一部には髪の毛ほどの盛り上がりが連続し、触れると艶がわずかに異なる。
それは自己修復樹脂が長い時間をかけて再結合・固化した痕であり、
最近の人手による補修の形跡はない。
アーカイブ。無人保全の痕。
半月形の卓は、室内中央に動かされず据えられている。
卓縁には自己修復材の微細な縫い目、天板には均一な防塵コート。
腐食は見られない。
無人のまま緩慢に保たれてきたのだ。
「まずはログだ。」
マチルダの声は低く落ち着いていたが、目の奥に強い光が宿る。
「艦長、卓に電源供給。インジケータ、青。」
「入力方法は何か。」
「ジェスチャーと音声応答。プリセットに’共通語’あり。」
掌をかざす。卓面の光素子が砂丘のように波打ち、古い索引が浮かび上がった。
ARCHIVE / XYZ_CORE / CLASSIFIED / OPR_LOG
再生要約 / Playback Digest
【 環境復元計画:プラネット・クリーナーXYZ 】
「再生せよ。」
淡いノイズ。機械合成の中性音声が室内に落ちる。
個人名も肩書も読まれない、無署名の記録。
『運用方針改定:域外拡張 凍結。フィールドはイスカンダル島周域に限定。
公表理由:試験運用。
非公表理由:人口’適正化’および化石燃料レント維持。二陣営構造は収益最大化に適合。』
ボビー副長が息を呑む。
’適正化’という婉曲表現・・・実際は減耗だ。
次のファイル。語彙が設計・運用側に変わる。
『設計覚書:環境復元装置XYZは武器への転用不可。
世界政府リエゾンと企業連合の圧力により、周域限定稼働が強制、域外拡張研究は抑止。
異議申立て要員は召喚処理。復帰記録なし。
研究継続の安全確保のため、全システム起動には‘パスワード’を要件化。
当該要件は起動権限オーソリティに紐づく。』
ボビーの呻きが、静かな室内で響いた。
さらに別の無署名ログ。企業連合覚書 抜粋。
『環境酸化は需要の原資であり、人口過剰の’自然調整’を促す。
陣営構造は収益最大化に資する。
クリーナーは環境保全領域のみを限定稼働。』
「・・・裏は合っている。」
マチルダは’停止’を告げ、再生を切らせた。
「世界政府と企業連合の利益。人口減少と化石燃料の消費増加か。」
「さらに戦争で利潤と人口の減耗を最適化。こんな・・・。」
ボビー副長が唇を噛む。
「‘光’を‘檻’に変えたのだ。‘神’を気取ってな。」
沈黙の中、マチルダは拳を固めた。




