9 砕けた拳のシュラーゲン
カノンの武器――。
それは、非力な少年を英雄の座に導き、深窓の令嬢を狂戦士に変え、病にふした老婆に巨人殺しの力を授けると謂われる、比類なき武器だ。
シュラーゲンの目には抑えようもない熱が渦巻いていた。
白雪が舞う氷瀑の下。
風呂敷に並ぶその品々は、いまだ剣に触れたことさえないシュラーゲンの目にもひと目で破格の品とわかるほどの異彩を放っていた。
カノン武器を手にした赤子が竜を屠ったという話もある。
(納得というほかない……)
久しく沈んでいた胸が高鳴るのをシュラーゲンは感じていた。
「私の武器にハズレはないからね。どれもおすすめなんだけど」
カノンは武器をひとわたり見渡して、その目をこちらに向けた。
そのまま少し考えこみ、雪像のような顔に刹那、悪童の笑みを浮かべた気がした。
「あなたに合う武器は……これかな」
カノンが両手に抱えて持ち上げたのは、武器というより奇怪な箱のようだった。
先端から太い筒が飛び出し、上には野伏が使う遠目の水晶に似た、しかし、もっとずっと精緻な円盤が載っている。
それ以外のことはおよそ理解できなかった。
「私にはちょっと重いからね、撃つには三脚架がいるけれど、あなたは自力で扱えそうだね」
カノンはつまみを回したり、レバーを引いたりして箱を調整しているようだった。
透明な円盤を覗き込み、うん、とひとつ頷く。
その一挙手一投足がシュラーゲンには理解の外だった。
「質問をよいか?」
「どうぞ」
「それはなんだ?」
「これは、輝晶砲『五光』――。魔石を電気的に励起して、……ええっと簡単に言うと、レーザー砲なんだけど、って言ってもわからないよね?」
「む。まるでわからぬ」
「まあ、ムカつく奴を殴るのに物理学を理解する必要はないよね。試しに氷の魔石で撃ってみようか」
カノンは跳ね上げた上蓋から青白い魔石を入れた。
すると、箱の内部で……かすかな音。
それは、極めて精巧な何かが恐ろしく高速で回転する音だとわかった。
強大な力が箱の内に宿るのを感じる。
「手頃な獲物がいるね。照準鏡を覗いてごらん」
カノンは半身を引いて、遠目の水晶を譲った。
箱の傍らに膝をついたとき、束の間、体と体が近づいた。
拳の間合いよりもさらに近いところに感じる柔らかな息遣い。
そんな胸の淡いざわめきを、目から飛び込んできた異様が塗り潰した。
「……これは」
暗黒の山肌があった。
遥か下方、4合目あたりの大岩がすぐ目の前に見える。
遠目の水晶など比較にもならない代物だった。
しかし、この暗さはなんだろうか。
「倍率は200倍までいけるよ。赤い点、見える? 赤外線モードだから、熱源は色が変わって見えるはずだけど」
「あれは、雪角ウサギか?」
シュラーゲンは細い目を大きく見開いた。
大映しになった大岩の下。
暗黒の山肌の、赤いシミのように見えるそれはウサギの形をしていた。
「そ。そして、私の晩飯でもある。スコープ中央のバッテンを重ねて、引き金を引いてごらん。ココね」
柔らかな感触がかじかんだ指を導く。
シュラーゲンは言われるがままに引き金を引いた。
カシュン、と小さな音。
次の瞬間には赤が消えていた。
「……何が?」
「ノーマルモードで見てごらん」
スコープから暗黒が消え、拡大された雪山の白が目を突いた。
その真ん中に氷の花が咲いていた。
ウサギがいた場所に。
「だいたいわかった?」
間近に見つめてくるカノンに、む、とうなって首を横に振る。
「何か光ったようだったが」
「レーザー砲だからね。魔石が持っている力を光にして飛ばすんだよ。『五光』とあるように火・氷・雷・風・光の5属性を扱える。火の魔石なら燃え上がるし、雷の魔石ならビリビリする」
「氷だから凍ったのか」
肉眼で見ると、点のようにしか見えない。
これほどの距離から一瞬で氷漬けだ。
武器と呼ぶ一線を越えた恐ろしいものに感じてシュラーゲンはわずかに身を引いた。
その小さな動きをカノンは黙って見ていた。
「これで……ティグンナーデルも倒せるか?」
「もちろん。魔石の大きさと純度に比して威力が上がる。握り拳サイズの魔石を食わせれば、竜も原型がなくなるかな」
シュラーゲンは自らの手を握り固めた。
固めたグーが何か言った気がした。
逃げるのか、と。
鍛え上げた拳を捨て、武器に逃げるのか、と。
そう言ったような気がした。
シュラーゲンは濡れた犬のように首を振って、迷いを振り払った。
「ご店主、とてもいい武器だ。買う」
「毎度」
「カノン武器の五箇条は伝え聞き、存じている。たしか報酬は材料で払うのだとか」
「うん。こんなところに住んでいると、万年材料不足だからね」
「これでよいだろうか」
シュラーゲンは黒い塊を差し出した。
沸騰した水のようにボコボコした岩。
「拳で岩を割る修行のさなか、見つけた。割れぬ岩だ」
「ゴライザタイト隕鉄だね。しかも、極狼石を2割以上含有しているやつだ。粘りがあって重くて頑強。打撃武器のいい材料になるよ」
商談成立だね、とカノンは言った。
その瞬間、悪しき魔女と契約を交わしてしまったような悪寒に襲われた。
迷い抜いた末に下した決断に早くも後悔が兆しているのだとしたら、我ながら情けないことだ。
シュラーゲンは奥歯をぎゅっと噛み締めた。
「いやあ、よかったよ」
「む?」
「久しぶりに砲武器が売れたからね。私、姓は武山でね、古い友人からは『キャノン武山』なんて呼ばれていたんだ。カノンだけに」
「む」
「昔から女の子と遊ぶより男の子とやんちゃやってるほうが好きな性分でね、職員室に花火を改造して作った手製の大砲を撃ち込んでさ、それがニックネームの由来」
炉の傍らに座り、火を見つめるカノンはそこに遠い郷里の思い出を見ているようだった。
「今思えばあの頃には武器屋になるのを宿命づけられていたのかもね。オタマジャクシはどんなに迷走しても最後にはカエルになるんだよ」
カノンは意味ありげにそう言い、
「砲武器は私の十八番ってこと」
そんな言葉で締めくくった。
シュラーゲンは武人らしく武骨に低頭する。
「礼を言う、ご店主。これは、生涯大切に使わせていただく」
「いい心がけだね。でも、きっとすぐいらなくなると思うよ。そしたら、ここに返しに来てね。私はいないと思うけど、そのへんに置いててくれたら、そのうち回収するから」
「……む?」
言われたことの意味はわからなかった。
口を開きかけたシュラーゲンはしかし、言葉を呑み込んだ。
金鎚を振るうカノンの後ろ姿には掣肘を許さぬ凄みがあった。
それは幼き日に見た、一心不乱に拳を振り続ける父の、大きな背中のようだった。




