3 鉄拳のスタンフと噴進鎚
「どういうことだ、これは……」
スタンフは焼け跡の町で茫然と立ち尽くした。
数か月にも及ぶ旅の果てに帰りついた所領は黒ずんで見えた。
小さいながら緑と活気にあふれていた城下が、遠い過去の幻のように思えてくる。
「申し訳ありません、閣下。我々も奮闘したのですが……」
留守を預けていた騎士長は片目を失い、立つのもやっとな満身創痍の有様で深くこうべを垂れている。
「魔王軍の連中は『鉄拳のスタンフ』の不在を好機と見て、閣下のご出立後、間もなく猛攻を始めたのです」
「そうか」
相棒の再起に必要な時間だったとはいえ、3年は空けすぎたらしい。
(魔王軍ども、鬼のいぬ間に好き放題してくれたな)
スタンフは燃える目で紅蓮の荒野を眺めた。
故郷の赤い土が、兵士たちの流した血に見えて胸が痛んだ。
「だが、私は戻ってきた。我が鉄拳とともに!」
スタンフは旅の装いを脱ぎ捨てて獣のように吼えた。
「さっそく戦地へと赴かん! 勇ある者よ、いざ我に続け!」
◇
久しぶりだな、と思った。
矢が飛び交い、悲鳴と怒号が交差する混沌の渦中に、肉と鉄のぶつかり合う音が絶え間なく響く。
かつての日常がそこにあった。
「おああああああッ!!」
長らく忘れていた声が喉を震わせる。
スタンフは懐かしい重さを振り抜いていた。
うなりを上げた戦鎚が敵の大盾を打つ。
ぎごん、と歪んだ銅鑼のような音を轟かせ、大盾がへちゃげた。
しかし、敵も然る者。
盾の隙間から覗く血走った目に嘲笑の色が差す。
受け止めてやったぞ、と。
戦鬼種――。
魔王軍の中でも膂力に優れた屈強なる魔物。
元来、人間と魔物では、その身体能力は子供と大人ほどもかけ離れている。
正面からぶつかり合って勝てる道理はない。
「……だが!」
スタンフは持ち手の引き金を握り込んだ。
撃鉄が落ち、途端にハンマーの尾部が火を噴いた。
鍛え上げられたスタンフの剛腕に、ジェット推進が生み出した桁違いの重さが上乗せされる。
どごん、と。
巨大な鉄拳が大地に死のスタンプを刻み込んだ。
じんわりと手のひらを痺れさせ、腕の骨を這い上がってくる衝撃が心地よかった。
「ふはは! これよ、これよ!」
火炎が噴く。
そのたびに魔物が宙にかち上げられ、あるいは押し潰され、盾も剣も鎧も何もかも平餅のように平らになった。
『鉄拳』の戻った戦場に敵などいなかった。
有象無象の魔物たちが潰される順番を待つ列をなしているだけ。
「押しているぞ! 小隊、前進!」
「『鉄拳』に続け!」
「閣下お一人に手柄を全部持っていかれるぞ!」
「行け行け行けェ――ッ!」
久方ぶりの勝ち戦に兵士たちは沸いていた。
大波となって魔物を呑み込んでいく。
その波の一角が不意に砕かれた。
「ヴォモオオオオオオオオオオオオオ!!!」
背骨を震わすほどの咆哮。
大樹のように立ちはだかる影を見上げ、スタンフは息を呑んだ。
隆とした漆黒の体。
表土をめくり上げる巨大なひづめ。
丸太じみた巨腕が、大岩に木を突き刺して作った歪な戦鎚を軽々と持ち上げていた。
「ミノタウロスか」
スタンフはしわを刻んだ額にひと筋の汗を流した。
牛戦鬼種、それも、黒禍個体と呼ばれる上位の個体らしい。
無様にも折れた角は、同時に歴戦の戦士であることを物語っていた。
「『無敵の牛将』マルタウロス! この3年間、我々に苦戦を強いた元凶です……!」
騎士長の声は緊張からか裏返っていた。
兵士たちの間に小さな怯え声がさざなみのように広がり、半ば無意識に半歩後ずさる。
そんな中、スタンフだけが一歩前に出た。
「『無敵』とは豪儀な名だ! よろしい、我が『鉄拳』にて粉砕してくれよう!」
スタンフは戦鎚に片足をかけた。
それが必殺の一撃の構えだった。
「不敗の牛将よ! いざ、地の味を知るがよい!」
引き金を引くと、巨大な推力がスタンフの体を戦場の空に打ち上げた。
激しく動く視界。
青い空。
紅の大地。
その中にたたずむ黒い影に狙いを定め、スタンフはさらに強く引き金を握り込んだ。
戦鎚が長い火の尾を伸ばした。
体が急加速しながら空に斜線を引く。
それは、さながら彗星のようであった。
「ヴォモオオオ!」
マルタウロスが大岩の鎚で迎え撃つ。
二鎚が合わさった瞬間、大岩は泡のように弾けた。
驚愕に目を見開いた牛鬼。
その顔にスタンフは相棒を叩きつけていた。
「推力最大ッ!! おあああああッ!!」
紅蓮の荒野が揺れた。
震動は空をも震わせる。
その一撃は大地に巨大なクレーターを生じさせ、爆心地を沈み込ませた分だけ周囲の地盤を隆起させていた。
噴進鎚『鉄拳彗打』が誇る必殺の一撃。
火の魔石すべてを瞬時に燃やし尽くして放つ、切り札。
――『噴進爆発』。
これには、さしもの無敵牛将も原型すら留めえなかった。
「敵将、この『鉄拳』が討ち取ったり!」
「「おおおおおおおおおおおお!!」」
息を吹き返す兵士たち。
弾け散った将の血肉を雨のごとく浴びた魔王軍の魔物たちには、もはや戦う気力など残されていなかった。
「追撃せよ! 1匹とて生かして帰すな!」
兵士たちの弾むような足取りから、わかる。
(この分ならば、かつての前線を回復するのも早かろう!)
スタンフは相棒を肩に担ぎ、鷹揚に笑った。
「閣下、よろしければこれを! 敵から奪い取ったものでありますが!」
若い兵士が赤い鉱石を握りしめ、キラキラとした瞳でスタンフを見上げる。
「うむ。礼を言おう。だが、こやつは美食家でな、純度が大事なのだよ」
そう言ってスタンフは最高純度の魔石を装填口に押し込んだ。
「そいつはゴブリンのケツにでもねじ込んでやれ」
「了解であります!」
黒鉄の拳が再びうなりを上げる。
撃鉄が落ち、――カン、と。
火の音が戦場に響いたのだった。




