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3 鉄拳のスタンフと噴進鎚


「どういうことだ、これは……」


 スタンフは焼け跡の町で茫然と立ち尽くした。

 数か月にも及ぶ旅の果てに帰りついた所領は黒ずんで見えた。

 小さいながら緑と活気にあふれていた城下が、遠い過去の幻のように思えてくる。


「申し訳ありません、閣下。我々も奮闘したのですが……」


 留守を預けていた騎士長は片目を失い、立つのもやっとな満身創痍の有様で深くこうべを垂れている。


「魔王軍の連中は『鉄拳のスタンフ』の不在を好機と見て、閣下のご出立後、間もなく猛攻を始めたのです」


「そうか」


 相棒の再起に必要な時間だったとはいえ、3年は空けすぎたらしい。


(魔王軍ども、鬼のいぬ間に好き放題してくれたな)


 スタンフは燃える目で紅蓮の荒野を眺めた。

 故郷の赤い土が、兵士たちの流した血に見えて胸が痛んだ。


「だが、私は戻ってきた。我が鉄拳とともに!」


 スタンフは旅の装いを脱ぎ捨てて獣のように吼えた。


「さっそく戦地へと赴かん! 勇ある者よ、いざ我に続け!」





 久しぶりだな、と思った。

 矢が飛び交い、悲鳴と怒号が交差する混沌の渦中に、肉と鉄のぶつかり合う音が絶え間なく響く。

 かつての日常がそこにあった。


「おああああああッ!!」


 長らく忘れていた声が喉を震わせる。

 スタンフは懐かしい重さを振り抜いていた。

 うなりを上げた戦鎚が敵の大盾を打つ。

 ぎごん、と歪んだ銅鑼のような音を轟かせ、大盾がへちゃげた。

 しかし、敵も然る者。

 盾の隙間から覗く血走った目に嘲笑の色が差す。

 受け止めてやったぞ、と。


 戦鬼種オーガ――。

 魔王軍の中でも膂力に優れた屈強なる魔物。

 元来、人間と魔物では、その身体能力は子供と大人ほどもかけ離れている。

 正面からぶつかり合って勝てる道理はない。


「……だが!」


 スタンフは持ち手の引き金を握り込んだ。

 撃鉄が落ち、途端にハンマーの尾部が火を噴いた。

 鍛え上げられたスタンフの剛腕に、ジェット推進が生み出した桁違いの重さが上乗せされる。

 どごん、と。

 巨大な鉄拳が大地に死のスタンプを刻み込んだ。

 じんわりと手のひらを痺れさせ、腕の骨を這い上がってくる衝撃が心地よかった。


「ふはは! これよ、これよ!」


 火炎が噴く。

 そのたびに魔物が宙にかち上げられ、あるいは押し潰され、盾も剣も鎧も何もかも平餅のように平らになった。

 『鉄拳』の戻った戦場に敵などいなかった。

 有象無象の魔物たちが潰される順番を待つ列をなしているだけ。


「押しているぞ! 小隊、前進!」


「『鉄拳』に続け!」


「閣下お一人に手柄を全部持っていかれるぞ!」


「行け行け行けェ――ッ!」


 久方ぶりの勝ち戦に兵士たちは沸いていた。

 大波となって魔物を呑み込んでいく。

 その波の一角が不意に砕かれた。


「ヴォモオオオオオオオオオオオオオ!!!」


 背骨を震わすほどの咆哮。

 大樹のように立ちはだかる影を見上げ、スタンフは息を呑んだ。

 隆とした漆黒の体。

 表土をめくり上げる巨大なひづめ。

 丸太じみた巨腕が、大岩に木を突き刺して作った歪な戦鎚を軽々と持ち上げていた。


「ミノタウロスか」


 スタンフはしわを刻んだ額にひと筋の汗を流した。

 牛戦鬼種ミノタウロス、それも、黒禍個体と呼ばれる上位の個体らしい。

 無様にも折れた角は、同時に歴戦の戦士であることを物語っていた。


「『無敵の牛将』マルタウロス! この3年間、我々に苦戦を強いた元凶です……!」


 騎士長の声は緊張からか裏返っていた。

 兵士たちの間に小さな怯え声がさざなみのように広がり、半ば無意識に半歩後ずさる。

 そんな中、スタンフだけが一歩前に出た。


「『無敵』とは豪儀な名だ! よろしい、我が『鉄拳』にて粉砕してくれよう!」


 スタンフは戦鎚に片足をかけた。

 それが必殺の一撃の構えだった。


「不敗の牛将よ! いざ、地の味を知るがよい!」


 引き金を引くと、巨大な推力がスタンフの体を戦場の空に打ち上げた。

 激しく動く視界。

 青い空。

 紅の大地。

 その中にたたずむ黒い影に狙いを定め、スタンフはさらに強く引き金を握り込んだ。

 戦鎚が長い火の尾を伸ばした。

 体が急加速しながら空に斜線を引く。

 それは、さながら彗星のようであった。


「ヴォモオオオ!」


 マルタウロスが大岩の鎚で迎え撃つ。

 二鎚が合わさった瞬間、大岩は泡のように弾けた。

 驚愕に目を見開いた牛鬼。

 その顔にスタンフは相棒を叩きつけていた。


「推力最大ッ!! おあああああッ!!」


 紅蓮の荒野が揺れた。

 震動は空をも震わせる。

 その一撃は大地に巨大なクレーターを生じさせ、爆心地を沈み込ませた分だけ周囲の地盤を隆起させていた。


 噴進鎚『鉄拳彗打』が誇る必殺の一撃。

 火の魔石すべてを瞬時に燃やし尽くして放つ、切り札。

 ――『噴進爆発』。

 これには、さしもの無敵牛将も原型すら留めえなかった。


「敵将、この『鉄拳』が討ち取ったり!」


「「おおおおおおおおおおおお!!」」


 息を吹き返す兵士たち。

 弾け散った将の血肉を雨のごとく浴びた魔王軍の魔物たちには、もはや戦う気力など残されていなかった。


「追撃せよ! 1匹とて生かして帰すな!」


 兵士たちの弾むような足取りから、わかる。


(この分ならば、かつての前線を回復するのも早かろう!)


 スタンフは相棒を肩に担ぎ、鷹揚に笑った。


「閣下、よろしければこれを! 敵から奪い取ったものでありますが!」


 若い兵士が赤い鉱石を握りしめ、キラキラとした瞳でスタンフを見上げる。


「うむ。礼を言おう。だが、こやつは美食家でな、純度が大事なのだよ」


 そう言ってスタンフは最高純度の魔石を装填口に押し込んだ。


「そいつはゴブリンのケツにでもねじ込んでやれ」


「了解であります!」


 黒鉄の拳が再びうなりを上げる。

 撃鉄が落ち、――カン、と。

 火の音が戦場に響いたのだった。


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