2 鉄拳のスタンフと噴進鎚
「それで? こんな山奥くんだりまでわざわざなんの用?」
武器屋は赤みを失いつつある鉄塊を火にくべて、金鎚を置いた。
言葉の端に厄介者の到来を面倒臭がる、ため息にも似た響きがある。
「うむ」
スタンフは苦笑気味に頷いて、
「今日はこいつを直してもらいに来たのだ。私の相棒を」
焼け焦げた巨人の拳のような一物をそっと差し出す。
今にも暴れ出しそうな凶暴さがその戦鎚には宿っている。
武器屋は細指を這わせ、すっと目を細めた。
「……噴進鎚『鉄拳彗打』。懐かしいものだね。私の作品だ」
「うむ。憶えていて当然だ。こいつはすごい。間違いなく貴殿が手掛けた武器の中でも最高傑作であろう」
スタンフは覚えず饒舌となった。
噴進鎚『鉄拳彗打』は火を噴く武器だ。
炎の魔剣にはしばしば出会うが、この戦鎚はそのいずれとも違う。
火を直接の攻撃には用いない。
尾部より噴き出した火炎を推進力に変え、圧倒的なパワーで敵を平餅にする。
それが『鉄拳彗打』が持つ唯一無二の特色だった。
「私の半生は常にこれとともにあった。17年もの間、魔王軍との戦いに明け暮れて、その戦功から今では小さいながら一城の主よ。名もなき農民の出にして騎士の身分を授かるに至った。すべては我が相棒と、その生みの親たる貴殿のおかげだ、武器屋殿」
目頭を熱くし、スタンフは歌うように言ったが、とうの武器屋の目はどこか冷めて見えた。
「私の最高傑作は日々更新されているんだけどね」
「……む、そうか」
この無愛想な物言いに既視感を覚えたのは、かつて同じようなことを言われたからだろう。
スタンフはまたひとつ苦笑した。
「名だたる魔物を屠ってきたこやつも寄る年波には勝てぬというやつかな、ついに火を噴かぬようになってしまった」
妻が臥せったことを義父母に告げているような罰の悪さだった。
「国一番の鍛冶師にも見せた。だが、みな首を横に振るのだ。仕組みもわからぬものを直せるか、とな。こやつがなければ私もただの人だ。戦い続けるためにも何卒貴殿のお力をお借りしたい」
スタンフはこの3年間、募りに募ったものを言葉の熱にして一気に吐き出した。
下げた頭に武器屋の目を感じる。
どんな顔をしているのかまでは想像もつかなかった。
「いいよ。直そう。私の作品にすぐ壊れるなんて悪評がつくと困るからね」
武器屋は快く了解してくれた。
「本当か! それはありがたい!」
そうして始まった修理作業を、スタンフは奇術でも見せつけられたような気分で見守っていた。
開いた口が塞がらなかった。
武器屋の細指が、岩をも砕く戦鎚を瞬く間にバラしていった。
果肉を食いつくされた桃の種のように内部をさらす相棒がどこか哀れですらある。
(こうなっていたのか……)
いくつもの管がうねり、細い線が繋がれ、歯車が黒光りする内部構造。
それは両断されたゴブリンからこぼれ出た臓器を思い起こさせた。
「まるで生き物だな……」
ふと声にしていた。
武器屋が頷く。
「そうだよ。だから、おいしいものを食べさせると喜ぶんだ。この子たちは」
「それは、魔物の生き血を吸わせるということか?」
「まさか」
顔を上げた武器屋は少し怒っているように見えて、スタンフはたじろいだ。
「火の魔石をケチったね? 純度が高いものを装填せないと燃えカスが固着するんだよ。それが故障の原因」
「う、うむ。すまぬな。敵からぶん盗ったものをその場で、つい……」
不足する物品を鹵獲品で補うのは戦場暮らしの常。
その悪癖を武器屋は見抜いたようだった。
「ちゃんとしたものを食わせておれば故障もしなんだか?」
「私の武器が故障したって言ってる奴はみんな使い方か管理法を間違っているんだよ。よく考えればわかるでしょ? 私の作った武器が壊れるはずないんだから」
「う、うむ。そうだな」
めちゃくちゃを言っている。
しかし、不思議なほど納得感もあった。
「内部洗浄をするだけならすぐ終わるけど、どうする? 5日くれれば最高傑作にできるよ?」
スタンフは少年のように胸をときめかせた。
「ぜひお願いしたい!」
そうして、一日千秋の想いで5日を耐え、スタンフは生まれ変わった相棒との再会を果たした。
「なんという……」
言葉にならなかった。
ただ胸を打たれた。
その黒い鉄の塊が秘めた力がスタンフにはひと目でわかったからだ。
なにより岩場に穿たれた巨大な穴がその威力を物語っていた。
「最高傑作が更新され続けているという話は本当らしい」
「うん。でも、機能も重さも重心も前と同じだよ。変わったのは威力だけね」
「そのようだ」
「打撃部にゴライザタイト隕鉄を使ったんだ。そいつをもう一度彗星にしてやって」
武器屋の意気な物言いに、スタンフは雄々しい笑みで応えた。
「武器屋殿、20年前に払いそびれた分と合わせて、報酬を受け取っていただこう」
革袋にずっしりと詰まった金貨を差し出し、スタンフはふと思った。
「このような辺境地の山奥でも金は入り用なのだな」
仙人か、さもなくば魔女のように感じていた武器屋に俗世間の色が垣間見えた気がして面白かった。
「うん。金は大事だよ。特に金貨は溶かせば金にできるからね」
一瞬見えたように思った世俗の色は火勢を増した炉の赤で塗り潰されて消えた。
「貴殿らしい答えだ」
戦鎚を担ぎ、スタンフは静かに頭を下げた。
「感謝を。そして、これをもって惜別とする。私がこの店を訪ねるのはおそらくこれが最後であろう。貴殿の武器は長持ちゆえ」
「そう」
カン、と赤い閃光が弾けた。
武器屋はとっくに客から興味を失っているようだった。
立ち去りかけてスタンフは足を止めた。
「……そういえば、武器屋殿。貴殿、名前は?」
名を知らなかったことで探すときにずいぶんと苦労したことを思い出した。
「看板に書いてあるでしょう?」
夫婦岩にかけられた看板。
そこにあるのは『創作武器屋』という字。
そして、見たこともない異国の文字が3つ続く。
「あ、そうだった。読めないよね」
束の間、手を休め、武器屋は顔を上げた。
「私は火音。姓は武山。創作武器屋カノンの店主ね」
「そうか。心に刻みおこう」
スタンフは今一度低頭し、そして、歩き出した。
火の音を背に聞きながら。
生まれ変わった相棒とともに。




